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第二百三十六話

「ニィ!」


「おお、いい感じじゃないか。ガヌ、手伝え。こうやって、型を抜いていくんだ」


 相棒には俺の思考が伝わる。今までそんなことが出来る兆候は一切なかったのだが、一時的に初期化されたことで新たな能力を得た可能性はあり得る。だが、ステータスプレートを確認しても、それらしき能力の表記はない。

 以前あった能力の多くは失われたままだし、何がどうしてこのような状態になったのかも不明なままだ。


 まあ、今はいいか。

 相棒が俺の思考を汲み取り、用意してくれたのはクッキーの型だ。但し、木製で粗削りではあるけれども。


「カクカクしてる!」


「色々な形があるぞ。どんどん抜いていけ」


 型抜きは半分遊びのようなもの。

 だが、普段料理に参加させてもらえないガヌが興奮を覚えても、それは仕方のないことだろう。だからというのもあれだが、型抜きであればリスラにも参加させることは出来る。今度、リスラにも教えてあげようかな。


 綺麗に型を抜かれたクッキーの生地と、余りを纏めてはちぎってそれらしく形を整えたもの。それをパン焼きを始めようとするタロシェルの下に持ち寄る。

 パンを焼くのは薪オーブン。

 加熱と余熱を兼ねて燃やされていた薪は炭と変わり、オーブンの一角に陣取っていた。古いタイプの薪オーブンは日本では滅多にお目に掛かれないけれど、海外だと似たような仕様のものがあるらしい。あくまでも父や兄貴の知恵袋による知識だけどね。


「タロシェル、パンは奥に。これらを手前に」


「兄ちゃん、これも作り方教えて!」


「いいけど、また今度な」


「「これも?」」


「このパンを作ったのは、兄ちゃんが最初だよ!」


 タロシェルの一挙手一投足に注視していた粉物問屋と食堂のそれぞれ店主の瞳が俺を貫いた。余計なことは言わなくてよろしい、タロシェル。

 いずれにしろ、気付くのが遅い。俺はクッキーの生地を作り終え、型抜きまで終わらせているのだ。あとは焼き上がるのを待つのみ。


「ガヌ。クッキーはパンより早く焼き上がるから、焦げないように見てろ」


「わかった!」


 タロシェルも薪オーブンから離れようとはしない。

 大体、俺はパン焼きの時間を体感で四十分としていたのだけど、こちらでは時間を示す方法が日時計しかない。時計塔と呼ばれるものですら、日時計のための柱でしかなかった。

 そのため、焼き上がりはタロシェル自身の目で確認する必要があるのだろう。そういえばライアンも、フェルニアルダートの宿屋の厨房では窯に噛り付いていたように思える。

 そして、クッキーの焼き上がりは三十分弱だったと記憶している。タロシェルとガヌにとっても初めての試み。俺自身も気にしておいた方が良さそうだ。



「兄ちゃん!」


「ああ、クッキーはもう良さそうだ。どれ、食ってみよう」


 さっくりとしていて、バターの風味が効いている。生地も舌の上で解けるような感じだ。それはもう上出来と言っても過言ではない。


「お前たちも食ってみろ」


「「おいしー!」」


 ガヌもタロシェルも笑顔になった。つい先刻までは、オーブンの中身と睨めっこをしていたというのに、だ。

 ただ、それだけでは済みそうな気配ではなかった。粉物問屋と食堂の店主が恨めしそうにこちらを臨み。アランたちからもまた羨まし気な視線が突き刺さる。


「サリアちゃんとミジェナちゃんの分もあるので、一人ひとつですよ」


「「……」」


「この香り! バターの香りが効いているね」


「仄かに甘く、それでいて甘することもない」


「さっくりとした食感とバターの香りが堪らないですね。勇者様、これもタロシェルに教えるということは……私にも?」


 バターを知っているのは開拓団員だけ、だと思う。粉物問屋と食堂の店主は無言なままだ。隊長さんまでが感想を述べている。


「「勇者様!?」」


「コラ、リグ!」


 隊長さんが制したけど、少し遅かったかな。粉物問屋と食堂の店主、双方が俺の顔を覗き込むようにしていた。


「勇者様の開拓団来訪との一報。この方が勇者様ご自身?」


「これは弟が失礼を致しました」


「お願いですから、そう気になさらないでください」


 ベルホルムス村の一件は、俺の中で随分と燻っている。

 勇者という扱いで尊敬されるのは先代サイトウさんの功績故であり、魔王として畏れられるのもあまり良いものではない。出来るなら一人の人間として接して欲しい。


「これは冷めても味はそう変わらない。何かに包んでおこう」


「兄ちゃん、もう一個食べたい!」


「もう一個ずつだぞ?」


 飾り気のないシンプルなクッキーだが、ガヌもタロシェルも気に入ってくれたようだ。いいや、子供たちだけでなく、大人たちまでも魅了してしまったようだ。


「タロシェル! パンが焼けるぞ」


「……わすれてた」


「タロシェル、自分が取り出すよ。君はそれを食べてて」


「リグダール、気が利くじゃないか」


「私は勇者様に見出されたタロシェルの助手ですからね。これで胸を張って両親を開拓地に呼べるというものですよ」


 リグダールさんの物言いに、隊長さんの表情が少し寂し気に変化した。リグダールさんは元は隊長さんの部下なのだ。当然だろう。

 でも、隊長さんもまた捕虜交換の材料とされた過去はあるものの、開拓団員の一員なのだ。そう悲観しなくとも大丈夫、だと思える。

 隊長さんに就いてもらいたい仕事は師匠から打診されるはずなのだ。ただ、リグダールさんはそこから俺が引き抜いたことになるのだけど……。

 やば、師匠に怒られないだろうか?

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