第二百三十三話
テスモーラの広場の一角をお借りして、相棒の中にある食料入りのコンテナを全て放出した。相棒の能力が無効化されていた期間がそこそこ長かったために、俺は内容物を記憶していない。
そのための目録ではあるのだが、あれもどこにいったか不明だ。
「圧倒的に足りませんね。宿の厨房をお借りして作るにしても、アタシには料理はできませんから……」
リスラの言葉は尻すぼみ。まあ、リスラに料理はさせられないからな。俺自身や皆の健康のためにも。
相棒から放出して勘定を終えたコンテナは、再び相棒に『収納』した。温かな料理が冷めない内に。
「食料の購入はお姉ちゃんが戻ってからにしますか?」
「肉は余るほどあるけど、主食となるパンは柔らかい方がいいだろ? 俺は小麦粉を買いに行くよ。タロシェルを遊ばせておくのは勿体ない」
「ではカツトシ様、代金は建て替えておいてください。後でお姉ちゃんに清算してもらいましょう」
兄貴から俺に。俺からライアンに。そして、ライアンからタロシェルに引き継がれたパン焼きの技術。
タロシェルはパン屋として立派に働けている。大量のパンを焼いた経験を持つタロシェルは、俺なんかよりもずっとパン焼きが上手い。
その上、酵母の培養にも手を出しているのだ。最早、俺に勝ち目などないに等しかった。
「アラン!」
「なんだい、カットス?」
「リグダールさんは器用だよな?」
「手先は器用だと思うよ」
「なら、リグダールさんにはタロシェルの補助をお願いしたい。タロシェル、小麦粉を買いに行くぞ!」
「はーい!」
リスラとミロムさんにサリアちゃんとミジェナちゃんを預け、残りの面子で揃って小麦粉の買い出しに向かうことになった。
荷物に関しては相棒がいれば特に男手など必要ないのだが、アランたちは暇を持て余しているそうで付いてくるという。
そこで小麦粉を細かく挽き直すために必要となる石臼の購入をガヌと隊長さんに任せることにした。ガヌに手渡した金貨は一枚だけだが、たぶん足りるだろう。
ガフィさんは珍しくガヌを追い掛け回してはいない。聞くところに依ると、どうもミモザさんに引っ張り廻されているらしい。
「カットスのユニークスキル様様だね。皆、僕たちを避けていくよ」
「ベルホルムスではショックだったんだけどな!」
「……兄ちゃん」
市場の人混みだろうと、俺はもう相棒を隠さない。開き直ったとも言う。
それに相棒がうねうね動いていると皆が勝手に避けてくれるのだから、物は考えようだ。
「パン用の小麦粉を見せて欲しい。相棒はお茶碗と水な」
「こっちの二つだ。最近はきめ細かく挽いた小麦粉の需要がある。何でもフェルニアルダートの宿屋でふわふわと柔らかいパンが人気を博しているらしい」
フェルニアルダートは、俺がブドウ酵母を用いたパンを試作した街だ。どうやら宿屋のご主人は酵母種を上手く活用しているようである。
お陰で挽き直さなくとも、目の細かい小麦粉を購入することが出来そうなのだが……。
「もっと細かいのは無い?」
「これ以上は手間賃が掛かり過ぎる。興味本位で扱ってはみたが、全く売れないんだ」
「兄ちゃん!」
「タロシェル、ちょっと待て。もっと細かく挽いてもらえるなら、開拓団が定期的に仕入れてもいい。柔らかいパンの作り方なら教えられるから」
タロシェルがやる気を漲らせていた。
それに柔らかなパンに興味を示してもらえていること自体が、俺はとても嬉しかった。
ベルホルムス村が開拓予定地に最も近い集落だが、あそこは開拓団の印象が頗る悪い。勿論、俺も。
だが、テスモーラという旧都市国家クラスの都市でなら、市場の規模を考えても十分に過ぎる。定期購入を考えるならば、最も適していると思えるのだ。
「ちょっと待ってくれ。ここは店舗だけだから……裏の食堂の厨房を借りられるか、交渉してくる」
「いいのか、カットス? あの柔らかいパンは世界を掌握できる可能性さえあるぞ?」
「大丈夫だよ。酵母種の作り方は俺とライアンとタロシェルしか知らない。酵母種はどんなに大切に扱っても、そう長くは保たないもの」
相棒は極めて例外となるが、容器と保存の問題は現代社会でないと解決策が無い。
だから、酵母種を販売するだけで十分な利益が望めると考えられる。
「でも、タロシェルの補助にリグダールを付けるってことは……リグダールもその秘密を知ることになるんじゃないのか?」
「リグダールさんは開拓団員なんだから問題ないだろ」
「ありがとうございます、勇者様。その信頼に応えられるよう、このリグダール誠心誠意働かせていただきます!」
リグダールさんは、たぶん悪い人ではない。
そしてアランはイレーヌさんの幸福を第一に考え、開拓団に馴染もうと必死なところに俺は信を置いている。もし、悪知恵が働くような人物ならアランが俺に前もって忠告するはずだが、そういったこともないし。
俺が最もよく分からないのは隊長さんのことだろうか。
「兄ちゃん、試しに一個買ってきた!」
タイミングよくガヌを連れた隊長さんと合流した。そこそこ大きな石臼を軽々と肩に担ぐ隊長さんは、見た目よりも遥かに力持ちのようだ。
隊長さんはアランよりも背が高く、平伏姿だと上半身は逆三角形になっているもんな。俺は正直、同じ男としても羨ましくなる肉体の持ち主だ。




