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第二百三十二話

 指揮官の記憶を垣間見たライアンは、俺に魔物のような魔石があるという事実を明かした。

 こちらの世界に来たばかりの頃ならば、驚き以外の何物でもなかっただろう事実は、今の俺にとって大したことではなかった。

 そんなことよりも、ミラさんが深窓の令嬢であったという事実の方が驚きに値する。 

 

 野盗を収監した牢だけでなく、地下牢全域に漂っていた新薬の煙は全て相棒が吸い尽くした。

 ライアンは上階に退避したレウ・レルさんたちを呼び、報告を挙げた。


「では、これより収監した賊を三カ所の牢に分けましょう」


 なぜ三カ所か?

 ひとつは、指揮官が率いる強盗団そのもの。

 もうひとつは、ウィヴともう一人の生き残りである男たちは子供を人質に取られ、盗賊働きを強要されていた者たち。 

 最後のひとつは、最初こそウィヴらのように強要されていた盗賊働きに昏い喜びを得た者や、自分と同様の不幸をばら撒こうと画策した者など、心の底まで盗賊に染まってしまった者たち。


 最後の者たちに関しては、ライアンも扱いを保留していた。どう扱って良いものか、判断に困ったのかもしれない。


「ライアンには尋問にも付き合ってもらいたい」


「全部報告しただろ。目を休めたいんだが?」


「ライアン様、諦めた方がよろしいかと。この方は、こうと決めたらテコでも動かない頑固者として有名なのですわ」


「誰が頑固者か! 目は瞑っていても構わない。報告書だけでは真偽を測るには足らないのだ。頼む、同席してくれ」


「仕方ねえな」


 ライアンはこの後も騎士団の業務である聴取や尋問に組み込まれていた。

 俺としてもライアンには早めに休みを与えてやりたい。だが、それこそ尋問なんて俺には不可能だし、手伝える要素が皆無だった。


「勇者様はミラ様の下にお戻りください。暫く姫様と共に行動されていましたし、姫様は放置なさっても平気ですわ」


「ライアンを頼む」


「ええ、お任せください」


 キア・マスは触手マニアの変態だけど、ライアンの婚約者で保護者みたいなものだ。任せるなら、これほど頼もしい相手もいない。

 そして今更ながらに、ミラさんを長期間放置していたことを悔やむ。


 レウ・レルさんや騎士の皆さんに目礼を残し、俺は地下牢を後にした。



「ではライアンは、今暫く騎士団と行動を共にすると?」


「はい、そうなりました」


「そうですか。ならば、その間に僕とミラ、ウルマム殿で馬車の買い付けに向かいましょう。カットス君は以前収納した食料の確認をお願いします。買い足す必要に迫られるかもしれませんからね」


 地下牢から這い出た俺は城塞内部を見て回ることはせず、記憶を辿りつつ来た道を戻った。そして、師匠にライアンが不在になる旨を伝えた。


「ル・リスラ! カットスをお願いね」


「はい、お姉ちゃん」


 ミラさんとイチャコラしようと思っていた俺に、師匠は非情にも別の要件を託した。

 キア・マスの物言いではないが、ミラさんとはベルホルムスからテスモーラへの道中も別行動。その前のワイバーン討伐に関しても、無論別行動であったのだ。

 構ってもらえずに寂しいのはミラさんではなく、俺の方である。

 とはいえ、仕事に邁進するミラさんは仕事のことで頭がいっぱい。下手に干渉すると扱いは更に酷いものに変わるとさえ思え、師匠に食い下がることは控えた。


「開拓予定地はベルホルムス村から早馬で約十日の距離という話です。農耕馬の脚では倍は掛からずとも、それに近い日数の食料が必要となるでしょう」


「在庫を広げられる場所を確保したい。それと人手が欲しい」


「アランさんと子供たちの手を借りましょう」


 そうして急遽集められたのは孤児院出身の子供たちと、アラン率いるムリアの皆さん。

 子供たちは何をしていたのかと思えば、ミロムさんに勉強を教わっていたそうな。


「私が教えるのは読み書きくらいなものです。算術は帝国式の計算器具を用いた方が早く、そして正確なのです。逆に私が子供たちに教わっている次第ですよ」


 ミロムさんはムリア側の代表者である将軍の側近だった方だ。俺たち開拓団に野盗を嗾けた女性騎士との捕虜交換の材料にされたという、悲しい過去がある。

 そんなミロムさんが持っている物に注目する。桁数がやたらと少ないけど、それはそろばんだった。

 大方、先代勇者サイトウさんの入れ知恵であることが窺われる。

 そろばんは小学生の頃にちょろっと触れただけである。足し算と引き算は出来ても、掛け算と割り算のやり方すら知らない。そういう意味では、俺も子供たちに教えを請わないといけないのか?

 兄貴が寸法出しに使っていた関数電卓なら、それなりに使えるんだけどな。


「まさか、そろばんをこちらの世界で目の当たりするとは……」


「先代勇者様が帝国に造らせ、子供たちに配布したと聞き及んでいます。帝国由来の品物を嫌うリンゲニオンでもその有効性が認められ、広く活用されていました。当然、アタシも使っていますよ?」


 これは子供たちに教わるよりも、リスラに教わった方がいいのか? でも、ある程度なら暗算でどうにか出来てしまうしなぁ。


「それで勇者様、これから何を?」


「開拓予定地に向かうまでの食料と、開拓予定地に到着してからの食糧の確認をします。ワイバーンの肉もかなりの量がありますが、主食となる小麦がどれほど存在するのかを、まずは確認するべきでしょう」


 小麦粉は『収納』した覚えがない。道中の主食としても固パンが大量にあるだけだ。それ以外では、俺が個人で購入した小麦粉が大きな麻袋にひとつあるのみ。

 俺は頭の片隅の購入リストに小麦粉、と書き加える。

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