第二百二十四話
黒い紐のような触手は俺の頭部へ向け、止めどなく迫り続けている。
人形との距離がもっと近いのは俺とリスラ。師匠とキア・マスはもう少し遠い場所から動いていない。もし、師匠が人形との距離を詰めてしまえば、ターゲットが俺から師匠へと移ってしまう可能性もある。
「師匠はその一から動かないで! こちらでどうにかしてみます!」
「どうなさるのですか?」
「この黒い紐はずっと直線的にしか迫ってきていない。反撃するなら地中からだ。
相棒はあの人形の真下まで進んで『びぃむI』をぶっ放してくれ。狙いは人形の胴体でいいだろう」
「ニィ!」
俺たちと人形までの距離は十メートルと離れていない。
相棒の触手が俺の足元から地中を進むという少々の迂回コースをとっても、十分に射程範囲に収まるのだ。
相棒の左触手が俺の背中側から地中へと潜っていく。
「確認は必要ない。充填が完了次第、ぶっ放せ!」
土を『収納』しながら人形の下まで辿り着いても、『びぃむI』の充填には三十秒は必要となる。
充填状況を色で示す魔法円は、砲身となる触手開口部付近にしか展開しない。俺自身が確認できないのであれば、ぶっ放すタイミングは最初から相棒に任せてしまえばいい。
「そろそろだろう」
人形の立っている地面が赤く染まったのは、ほんの一瞬だった。
次の瞬間には、赤黒い柱が地面から垂直に生えていた。それは大きな建築物の柱のようにも見える。
「きれい」
リスラはそう表現した。
相棒の放つ『びぃむ』の弾は魔物の血液で補われている。どういう仕組みであるのか、俺も詳しくは知らない。
それでも俺はあれを綺麗と評することはできなかった。
『びぃむI』の赤黒い光の柱は天へと押し出され、そして消失した。一発分をきっちり撃ち終えたようだ。
既に黒い紐状の触手は途切れていて、新たに迫ってくる様子もない。
「どうだ、相棒?」
「ニィ!」
相棒は『びぃむO』を解いた。
「リスラは師匠の下へ。俺と相棒で確認してくる」
「危険です!」
「俺ならある程度の怪我であれば……何とでもなる」
実際、数日前に経験しているのだ。
納得しないリスラを師匠の方へと押し出して、前進する。
「カットス君、くれぐれも気を付けてくださいよ!」
『びぃむI』による影響で地面に大穴が空いていた。
周囲には、人形の広げられた腕のようなものが落ちていた。
俺は身を屈め、拾い上げる。
端部は人の掌や指の形をしてない。
しかし『びぃむ』で切断された部分にからは、配線のようなものが見えていた。
それは赤、緑、白、黄とカラフルな被覆のされた銅線のようでもある。
「なんで……機械がある? 相棒、これ『収納』した方がいいな。師匠に見付かると事だ」
「ニィ!」
俺は咄嗟の判断で、この機械らしき人形の腕を秘匿することにした。
相棒の『びぃむ』も危険極まりないものだが、少なくとも俺や相棒の判断がなければ使えない。でも、この人形は違う。
師匠の興味の対象にでもなれば、危険だ。師匠は古代の魔具を解析して、改造してしまう程の天才なのだ。そういった部分を警戒しておいて損はない。
まあ、基幹部分であったであろう胴体が失われているから、そこまで心配する必要もないのかもしれないけどな。
「他に目立ったものは……ないな」
「ニィ!」
「相棒、あの岩でこの穴を塞いで戻ろうか」
「ニ、ニィ!」
少し先に転がっていた岩を相棒に持ち上げてもらい、大穴を塞いでもらった。
誰も来ないとは思うけど、誰かが落ちてからでは遅いからね。
「カットス君、無事なようで何よりです」
「勇者様も姫様も、一時はどうなるかと思いましたわ」
「キア・マスが師匠を呼んでくれたのには、助かったよ。ありがとう」
「そうですね。キア・マスは荒事なら十分に役に立ちますからね」
「姫様、わたくしは普段もお役に立っておりますよ?」
四人ですり鉢を出て、生き残りを仕留めているであろう皆の所へと戻ることにした。
◇
「魔王さん! もう全部仕留め終えたぜ! あとはどうやって運ぶか、なんだが?」
「それは触手様にお任せするのが、よろしいのではないでしょうか?」
「ミートと合流してから巣を一周して拾いに行きますよ」
巣の内部はすり鉢状になっている中央部ほどではないにしても平坦ではなく、凸凹している。各戦車でもワイバーンの一頭くらいは運べそうなものではあるが、馬の負担になるのは避けられない。
そういうわけで、相棒の出番となるのは必然なのかもな。
「おお、ライス殿も勇者殿も無事であったか。赤い光の柱が立ち昇ったのは、何かまだ潜んでおったと?」
「僕も初めて目にする不思議な人形に、カットス君と殿下が襲われておりましたが、カットス君が無事に撃滅しました。しかしあれは一体何だったのか、正体すら判明しておりませんんがね」
「そのような目に遭っておったばかりで申し訳ないが、勇者殿にはワイバーンの死体の回収をお願いしたい。我らではどうにもならぬのでな」
「ええ、そのために戦車を拾いに来たんですよ」
「大破した戦車はここに捨て置こう。人員は分散させて同乗させれば良かろう」
「一応、戦車も回収しておきますよ。ミート、ぐるりと一周してくれ」
「アタシも一緒に行きます!」
今日はずっとリスラと行動を共にしている。村へ帰り付くまで、一緒にいるのも良いだろう。
しかし師匠ではないが、本当にあの人形は何だったのか? 気になるところだ。




