第二百二十二話
相も変わらず御者不在のまま戦車は進む。
キア・マスなら出来そうなのだが、本人にやる気がない以上、無理強いもできない。
そうして、ミートの思うがままに進行する戦車に乗った俺たちは戦いの行方を見守る。
アグニの爺さんが投射したと思われる手投げロケット弾が運良く一頭を撃墜。
残された一頭も逃走するかどうか迷ったのだろう。一瞬だけ隙を見せた。その隙を見逃さず、シギュルーが背後から爆撃。
最後の一頭は巣の防壁の外、北側へと落ちていく。
「討伐隊の勝利です!」
「ニィィィ?」
「勝利……ではあるが、ワイバーンの死体は引き続き回収しよう。どうせ、戦車では運びきれないからな」
「ニィ!」
相棒に個体の大小は問わず、見つけた端から死体を回収させた。
そして最初に合流したのは、ダリ・ウルマム卿とライアンの乗る戦車。
「ライアン様、ご無事ですか?」
「ああ、親父殿も息災だ」
「父さまは意外に丈夫ですので、どうでも良いのです」
意外も何も、ダリ・ウルマム卿はエルフとは思えぬ偉丈夫だ。少々老けているけど、美丈夫とも言える。
墜落して消耗していたライアンも今は顔色が良くなっている。かなり回復したのだろう。
「若干ながら自警団に被害がある。ライス殿はそちらの手当をしておられる」
「あいつらは自業自得だ。巣の中心部を襲撃した奴らだからな」
ダリ・ウルマム卿が指差す先を見ると、確かに師匠とアランらしき人影と戦車。その周囲にも数名のエルフの姿がある。
「腕や足を喰われた者が居るが、命に別状はない。勇者殿、ミラ殿の時のような真似はなさいますな」
「俺たちや奴らの住む村を危険に晒したんだ。相応の罰と言えば、それまでだ」
「……そういうものか」
「そういうもんだ」
俺自身も不思議なもので、是が非でも助けたいと思うことはなかった。
討伐隊は最初からある程度のリスクを背負っていたのだから、当然ではあるのだが――
「――ぎやぁぁぁぁぁぁ」
「傷口を焼き、塞いでおる。我慢の足りん連中め」
「戦場ではよくある光景です。勇者様は今の内に慣れておいてください」
苦悶に満ちた悲鳴が俺の耳にも届く。
数日前に味わった上腕の肉が削ぎ取られる痛みか。焼いていることを思えば、それ以上の痛みである。俺も彼らと同様に我慢などできず、大声で叫ぶだろう。
辛辣なダリ・ウルマム卿の評価は、戦人であることの証明かもしれない。
そんな状態であるため、師匠の下に駆け付けるのは控えた。自らの意思で凄惨な現場に立ち会う必要もない。
「手の空いたものは地に落ちたワイバーンにトドメを! 決して油断するでないぞ!」
「俺たちも行こう。ミート、ゆっくり近付いてくれ」
キア・マスとラビはこのまま付いてくるようだ。
だが、大きな問題にはならない。なぜなら、相棒が丸呑みするだけだからだ。
◇
すり鉢状の巣の中心を残し、多くのワイバーンを生きたまま回収した。
俺たちが通り掛かると、自警団と思われる戦車は道を開ける。開拓団の元軍人や元冒険者は特に遠慮することなどないのだが。
「失礼な連中ですね。触手様の活躍で一部自警団の失態をカバーできたというのに」
「相棒さんがあまりに強大な力を発揮したために、恐れているのですよ」
まあ『びぃむ』は強力無比なのは俺も認めるところだ。恐れられるのも当然か。
「魔王さん! 外に落ちたのは俺たちが見てくる。中心部を頼む!」
こうして声を掛けてくるのは元冒険者たちが多い。元軍人たちはダリ・ウルマム卿の指示で動いているから仕方のないことだがね。
「中心部に向かうには戦車を降りた方が良いでしょう」
「そうだな。ミートは……ライアンの所にでも身を寄せていてくれ。何があるかわからないからな」
「ブルルゥゥ」
「お前たちも、だぞ」
「「ブゥ」」
緩やかなすり鉢状とはいえ、戦車が進むにはやや問題がある。ミートの膂力であれば、少々なら何とでもなりそうではあるが、ここで無理をさせる必要もない。
本当はリスラもミートと共にライアンに預けたいところなのだが、本人は意気軒高である。ダメとは言いづらい。
「姫様はわたくしか、勇者様の元を離れませんように!」
「わ、わかっているわ」
いや、わかってないな。興味に惹かれるまま、先行されては敵わない。
「相棒。リスラが勝手をするようなら『収納』な」
「ニィ!」
「カツトシ様まで!」
すり鉢状の巣の中心部へと降りていく。巣を囲う防壁とまではいかなくとも遮蔽物が多い。自警団が仕留めたワイバーンの幼生も転がっていて、見通しが利きづらい。
無論、幼生の死体は相棒に回収させるのだが、数がそれなりに多い。
遮蔽物を越える際は相棒に確認を取りながら、少しずつ進んで行った。
「これは……卵ですね」
「一、二、三つありますが……これは問題ですね。自警団の連中は分け前を要求しますよ」
「卵なんか貰って、どうすんだ? ――あっ、おい!」
「ニィ、ニィ!」
すり鉢状の中心部と思われる場所には、ハンドボール大の卵が三つ割れずに残されていた。親となるワイバーンが守り切ったのか、運よく割れずに残ったのかは定かではないが。
その卵を示して問題というキア・マスに、俺が質問したのも束の間。
相棒の右触手で全ての卵を呑み込んでしまった。
「これはこれで最良の選択でしょう」
「ワイバーンとはいえ、飛竜の卵ですからね。孵化させ、騎乗用にと考える者もいます。ホバースケイルと同様に、です」
「なるほど。すると相当の高値になるわけか。そりゃ、奪い合いになるわな」
「ここには最初から何も無かった。お二人共、よろしいですね?」
キア・マスの問い掛けに俺とリスラは揃って頷いた。
でも、相棒が捕食したのか、単に『収納』しただけなのか、はっきりとしていない。話の流れからして、この場で訊ねることも憚られた。




