第二十一話
「まさか、こんなことになるとは」
「ギリア、怪我は?」
「大丈夫、アグニのお爺ちゃんが庇ってくれたから」
「お主、手加減というものを知らんのか!」
「相棒を責めないでくださいよ。当たり所が悪かったんですよ、きっと。
でも、ギリアちゃんが無事でよかったです」
「マスターたちの悪ノリが原因ですからね。魔王様だけに責任を押し付けるのはどうかと」
「でも、邪魔な大岩は木っ端微塵で代官も大喜びしますよ! 魔王様に褒賞を出されるのではないでしょうか」
「まずは代官に報告だ。ヨムル、お主の提案でもあるし報告へ向かえ」
「えー、自分ですか? マスターがやるような仕事ですよ」
ただの鉄の矢が当たっただけで、何故岩が爆散したのか?
ちょっと俺には意味が分からない。
「発破が残っておったのか?」
「いんや、長いこと雨ざらしじゃぞ?」
「俺にも相棒はただ弓を射っただけに見えましたよ」
「不思議ですねえ」
再び走ってどこかへと消えたヨムルさんのことを無視して、俺たちは南門から町へと入ることにした。
「なんかすごい音がしたんですけど、何かあったのですか?」
「ああ、魔王がな。あの大岩をぶっ壊したんだよ」
「なに、俺に全部被せようとしてるんですか! やれというから、やっただけですよ」
「結局、お前がやったんじゃねえか」
「はぁ、でも岩がなくなったとなれば、街道建設も夢ではないですね。忙しくなりますな」
門番に立っていた兵隊さんの質問に答えるルーディーの爺さんが酷い。
でも、兵隊さんは笑顔だった。それほどまでに厄介だったのだろう、あの大岩は。
「俺はこのまま宿に帰ります。協力ありがとうございました」
「あっ、案山子引っこ抜いてくるの忘れてた」
「あとでヨムルに向かわせれば良いわ」
ヨムルさん、俺よりも扱いが酷いな。腐らずに頑張ってほしい。
「魔王、鉄矢は仕入れておく。足らなくなったら買いにこい」
「儂も面白い矢をこさえてやるさ。良いアイデアが浮かんだからな」
「ロワン、俺の商売の邪魔すんじゃねえ」
「所詮、消耗品などお遊びの範疇じゃ。そう目くじらを立てるでないわ」
「その時はお願いしますよ、お二人さん。では」
爺さんたちに付き合っていると夜になってしまいそうだ。
帝都へと向かう話は、冒険者ギルド関係者以外も居ることだしまた今度の機会にしよう。
「ご飯もらえる?」
「おかえりなさーい。今、用意するよ」
「買い出しの帰り、騒がしかったが何かあったのかい?」
「さあ? 俺は町の外に居たんで、わかりませんが」
「また兄ちゃん絡みかと思ったんだがな~」
なんでもかんでも騒動の中心には俺、みたいに言うのはやめてほしい。大方、他所から来た冒険者やら労働者やらの喧嘩でもあったのだろう。そんなことは日常茶飯事だし。
「おまたせ~。今日は良いお肉が手に入ったんだって、ね、お父さん」
「おぅ、魔物肉なんだけどな。この辺りじゃ、ちょいと珍しいワイバーンだ。
魔力がたっぷり染み込んでて旨いからな。シンプルにステーキが一番だ」
「へぇ、こんな平野部にしては珍しいですね。ワイバーンなんて山くらいでしか見たことないなあ」
「冒険者が持ってきたそうだ。市場の若いのが言ってたぜ。兄ちゃんじゃねえのか?」
「違いますよ。熱いうちに、いただきます」
ワイバーンは単純な括りで飛竜に該当する魔物。その飛竜の括りでも最底辺の扱いだけどドラゴンではないらしい。ほぼ空中に居て滅多に地上に降りないこいつは厄介極まりなく、俺や相棒は遠目に観ることはあっても今まで相手にしたことはない。
ドラゴンにしろワイバーンにしろ魔物はそこらの獣と違い、ファンタジー世界の動力源である魔力というヤツが味の目安となるそうだ。実際に高位の魔物とされるドラゴンやワイバーンのような魔物には魔力が大量に含まれているらしい。
そして魔力というのは、何も魔物だけが有するものでもない。師匠に師事し、俺も魔法を行使できるようになったわけだが、当然のように人間やその他の人種にも魔力が宿っているそうだ。
とはいえ、その含有量というか、内包している魔力の量は高位の魔物と人間とを比べるとどうしても偏るという。当然のように、人間よりも高位の魔物とされるヤツらの方が多いらしい。
日本人であるはずの俺に魔力があること自体が不思議なのだが、召喚に際に相棒が生まれたのと同時期に体の造りが変化したのではないか? と師匠は考えているようだ。その説が最も有力だと俺も思うし、それ以外に見当がつかない、とも言う。
「美味しいのよ、美味しいんだけど、まだちょっと足りないのよ!
パパムの帰りに魔王様がご馳走してくれたお肉はもっと美味しかったの」
「そういや前に市場にドラゴン肉が流れたことがあったな。即完売で拝むことさえできなかったが」
「ねえ、魔王様。アレ、なんのお肉だったのかしら?」
気まずい。ワイバーンのステーキを美味しくいただいている最中に何を言い出すんだ、この女性は……。口止め料としてスライムの核を渡したというのに、酷い裏切り行為だ。
「お肉が市場に流れた時期と、魔王さんが地竜退治から戻った時期がズレてるのが不思議だよね」
「ドラゴンなんて誰でも討伐できるでしょう? ドラゴンの討伐依頼は、俺が受けなかったやつも結構ありますし、ね」
ブラウ、それはフォローなのか? 微妙だ。もうちょっと、どうにかしてほしいぞ。
「流れの冒険者か、商人が腐る前に処分したのかもしれねえな。惜しいことをしたぜ」
「あなた、今度は逃しちゃダメよ。わたくしたちが食べる分だけでも確保してね」
どうやら疑念は晴れていないが、逃げ道は生まれた。このまま黙って食事を続けよう。折角、美味しい食事なのに味を感じないのは何故だろう?




