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第二百十八話

 ワイバーンの巣は倒木やら瓦礫やらに混じり、太く大きな白骨で囲いのようなものが防壁を形成していた。

 その一角は既に手投げロケット弾により排除されている。

 それを成したのはライアンが落とした手投げロケット弾でなければ、相棒でもない。アグニの爺さんが投げたものに依る破壊だ。

 どうも、アグニの爺さんも狙って投げたわけではないようだが、結果オーライではある。


 破壊した防壁部分から、先行した戦車が突入を図る。

 ライアンが落とした手投げロケット弾でワイバーンたちは混乱の最中にあるため、今が絶好のチャンスではあった。

 しかし、ワイバーンたちも一方的に攻撃されるがまま、というわけでもない。何頭かのワイバーンは空へと舞い上がってしまい、元軍人や元冒険者たちはまともにダメージを与えられない。

 更に空へと舞い上がったワイバーンは体の大きな個体が多く、徐々に落ち着きを取り戻しつつあるようだ。


「地上戦はダリ・ウルマム卿たちに任せよう。俺たちは空へと逃げた奴を相手にするぞ!」


「ニィ」


「はい、カツトシ様」


 昨日中に相棒には着火石を取り付けた手投げロケット弾を二十本『収納』させてある。都度、荷台の箱から取り出して、着火石を取り付ける必要はない。

 相棒は思うがままに自身の内より取り出しては、空中のワイバーンを狙い撃つ。

 だが、いくら相棒とはいえ、百発百中ではない。たまに外れる。いや、避けられている。

 避けられた手投げロケット弾は、巣からかなり離れた場所に着弾して爆発している。衝撃で飛び散るのは土と草だけであるようだ。今は味方に損害を与えていないことを祈るしかない。


「左前方、執拗に狙われている戦車があります!」


「あれは……師匠の戦車だ。狙われることも恐らくは計算の内だろう」


 荷台の道具を操作している師匠の姿が見える。楽譜スタンドのような道具に載せられた魔具を空中から襲い掛かろうとするワイバーンへと向けている。楽譜スタンドから放たれる火炎放射によって、ワイバーンは近づくことさえ出来ていない。

 ワイバーンは火炎放射を嫌がるような空中機動をとるが、それでも師匠の戦車を諦める気はないようだった。執拗に、ただ執拗に、回り込むように襲い掛かろうとするが、師匠に対応されてしまっている。

 御者を務めるアランは生きた心地がしないだろうが……、師匠がそう簡単にやられることはないだろう。うん、あれは問題ない。


「リスラ! 他に危ない戦車は?」


「正面! 中央を回り込んだ正面で、二頭のワイバーンに襲われている戦車が!」


 巣の中央部はすり鉢状になっている。中型の個体や小さく幼い個体が数頭固まっていて、中央突破は図れそうにない。

 但し、左前方では師匠の火炎放射の影響を受けかねない。


「ミート、右側から回り込め! 相棒は襲われている戦車に影響が出ないように、まずは一頭仕留めろ!」


 ミートは俺の意図を汲んで右側の防壁沿いを進む。平原と異なり、地面は必ずしも平坦ではなく、障害物が点在する。それを上手く回避したり、時には強引に乗り越えたりと、ミートも戦車の扱いに慣れてきたようだ。

 相棒は両の触手に持っていた手投げロケット弾を再度『収納』し、ロワン爺さん謹製の強弓を取り出した。番えられた鉄矢には、爆発する鏃が取り付けられている。

 手投げロケット弾では至近を巻き込む。多少離れた程度では爆風の影響も避けられない。だからこそ相棒は、強弓を得物に選んだのだろう。


――ドン!


「さすが相棒、巧いな!」


「この距離で頭を狙撃するんですか!? あたしでも難しいのに」


 空中から二頭のワイバーンに襲われていた戦車は、いまだ追い縋るワイバーンを一頭残しつつも、逃げ道を確保できたようだ。


「ミート、そのまま進め。相棒は落下したワイバーンを回収しよう。リスラ、他は?」


「問題ありません。……あっ」


「どうした?」


「何か……落ちてきます。ライアン様がシギュルーの背から落下したようです!」


「なに?」


 茶色い何かが落ちてきていた。シギュルーが集めていた土塊じゃないのか?

 どうも違うようだ。その後ろを猛スピードで追従するシギュルーの背に、誰かが乗っているようには見えない。未だ俺には豆粒程度にしか見えていないが、恐らく見間違いではないだろう。

 ライアンは高空に留まりすぎて、酸欠でブラックアウトしたのかもしれない。


「相棒、正面の防壁をぶっ壊せ! ミートはそのまま直進だ」


「ニィ!」


「シギュルーが間に合うかもしれませんが、急ぎましょう!」


ドォォォン!


 相棒は進行方向正面にある防壁へ手投げロケット弾を投げつける。当然それは爆発し、少なくない爆風にミートと戦車は晒される。

 瓦礫の類は爆風が押しやったことで、こちらへの被害は爆風のみ。ミートには皮製だが鎧がある。多少は我慢してもらうしかない。


「シギュルーが追い付きません!」


「相棒、ライアンを『収納』しろ!」


「ニィ!」


「間に合いました!? けど、大丈夫なのですか?」


 あぁ、リスラは人を生きたまま『収納』できることを知らなかったか。

 だが、相棒は次の瞬間には、『収納』したばかりのライアンを戦車の座席へと放出した。

 ゴロンと寝転がるように触手から出てきたライアンに外傷らしきものはない。


「クルゥゥゥゥ?」


「「ブゥ」」


「ライアン様! ライアン様!」


 ライアンを追い掛けてきたシギュルーは、相棒が触手を広げた段階で翼を広げて緊急停止していたため、ライアンと一緒に『収納』されてはいない。

 戦車の荷台へと着地したシギュルーと二匹のラビは、ライアンを心配するように寄り添う。そして悲しげな声音を発した。

 リスラがライアンの体を揺する。


「……ん……うぁぁ……」


「ライアン様!」


「クキュゥ」


「ああ、はぁ……ふぅぅ。なんで俺、いつの間に地上に?」


 急激に酸素量が増えても平気なんだろうか? 脳機能障害とか……。

 こう見えてもライアンは肉体は強靭だから、大丈夫かもしれないけど……。俺も心配ではある。


「ライアン様は落ちてきたんですよ! シギュルーもこの仔たちも心配したのですよ!」


「そう……だったか。なんか気持ちよくなって、そのまま」


「高い所は空気が薄いから、気絶したんだろ。もう、気を付けろよな」


「ああ、そうなのか? 知らなかったぜ」


 まあ、大したことが無くて、何よりだ。


「お肉、戦場へと戻りましょう。カツトシ様の不在で困窮しているかもしれませんから」


「すまんな、ミート。よろしく頼む」


 ミートの全速力でライアンの救出に向かってきたために、戦場となっているワイバーンの巣から遠く離れてしまっている。

 主な対空戦力はライアンと相棒くらいしか存在しない。師匠の火炎放射だけで凌ぐには厳しい。アグニの爺さんに期待したいが、そう容易いものではないだろうな。

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