第二百十七話
斥候の指揮についたキア・マスから伝令がやってきた。
伝令の報告は、巣を離れていたワイバーンの内の四頭が戻ってきたという知らせであった。
「シギュルー、そろそろ準備しとけ」
「クゥイ」
ライアンは手投げロケット弾を一本背負う。手投げロケット弾の穂先を上に向け、石突部分が腰の位置に来るよう背中へと縛り付けた。縛り付けたのは、俺とリスラだ。
そうして、もう一本を手に持つことで二本の手投げロケット弾を戦場へと持ち込む手筈とするらしい。
ライアンの準備を整えている間にもシギュルーは地面へ降り立ち、周囲の土を砂を集めていた。相棒との初対面の時に見せた土のグローブと、それとは別に砂を自身の周囲へと浮かべている。
「まだ子供なんだから無理はすんな。シギュルーが魔力切れで墜落したら、俺も道連れになるんだからな!」
「クゥ」
ロック鳥という魔鳥は、ワイバーンを遥かに凌ぐ大きさへと成長するものであるそうだ。卵が孵化してから五年以上経過しているシギュルーも未だ子供であり、総魔力量も俺と大して変わらないらしい。
魔力というものは成長に従い増えるものであるというからな。俺は例外であるのかもしれないが……。
淡々と、そして着々と準備を進めるライアンとシギュルー。
二人目の伝令は、そう時を置かずに送られてきた。
その報告によると、残りの二頭も巣へと帰還したというもの。
「無茶だろ?」
「無茶でもやらないとな。他の開拓団員に示しがつかない。兄さんの弟だから贔屓していると、捉えられては困るんだ」
ライアンは開拓団員ではあるが特別枠だ。師匠の弟として、俺の友として。
しかしスモールラビから齎された情報では、ワイバーンは頗る目が良いという。シギュルーと共に空を往けば、確実に捕捉されてしまう。
「出来る限り高空を飛べば、何とかなるだろ。一応対策も用意している」
「クゥ!」
シギュルーが自身の周囲に浮かべていた砂がかなり増量していた。
遠くから見るのであれば、確かにシギュルーの猛禽の姿は曖昧になるかもしれない。
それでも空中に土塊があることで、ワイバーンの興味を惹いてしまえば、それまでだ。
「お前がその相棒を信頼しているように、俺もシギュルーを信頼している。こいつはは確かにお前の相棒ほど便利ではなければ、強くもないけどな!」
「クルゥゥゥ!」
シギュルーの声はライアンへ抗議の声を上げたようだ。
まあ俺が何を言ったところで、ライアンの腹は決まっているのだ。ならば、少しでも快く送り出してやろうではないか。
「ライアンとシギュルーに武運を」
「ライアン様とシギュルーに武運を」
ライアンを背に乗せたシギュルーは、地面を駆け助走をつけては羽ばたきを繰り返し、宙へと舞い上がった。
高度を低く保ちながら戦車の上を旋回する。
片手でシギュルーの首元に生えた羽を掴んでいるライアンは、リスラから手投げロケット弾を新たに受け取った。
既に背負ってある予備も含めれば、ライアンの持つ手投げロケット弾は二本となる。ただ、たった二本でどうにかなるとも考えにくい。
「一本目を落としたら駆けつけてくれよな!」
「ああ、わかっている。行ってこい」
「おう!」
シギュルーは北へ直進せず、一旦南へと向かい高度を上げるようだ。そりゃそうか、低空から巣へ侵入したら勝ち目などないからな。
「お肉。大きな音がしたら、ワイバーンの巣に突っ込みますよ」
「頼むぞ、ミート。俺たちの脚となってくれ」
◇
「あそこです」
「どこ?」
「あっ、雲の中に入ってしまいました」
ライアンは俺が思っていた以上に慎重であったらしい。いや、まあ集中攻撃を喰らう可能性がある以上、仕方ないのだが。
今はリスラだけが、シギュルーの姿を捕捉できている状態だ。俺の目にも、他の誰の目にも、砂粒大のシギュルーの影は捉えられない。雲に隠れたならば、猶のこと。
「高空は寒いと聞きますが、ライアン様は無事でしょうか?」
「リスラ以外の誰もが視えない高度じゃ、酸素も薄くて息が出来なそうだけど。本当に大丈夫なのか……ライアン?」
「何か、落ちてきます。……投げ槍が放たれたようです!」
リスラの指先を追うと、俺の目にも点にしか見えない何かが落下しているのがわかった。その点は徐々に大きくなり、棒状であることがわかる大きさへと変わる。
そして――
ドオォォォォン!
「進めぇぇぇぇ!」
ダリ・ウルマム卿の怒声が響く。
先行しているアグニの爺さんと、元軍人が乗る戦車が発進。
それを追い掛けるように、本隊の戦車が発進した。
俺たちも後れを取るわけにはいかない。
「行け、ミート!」
ミートが駆け出す。グンッとGが掛かるほどに加速するミートと戦車。農耕馬のフルパワーはこれだけの速度が出るのだと、驚くレベルだ。
「相棒、爆心地に投擲だ。感知できるなら狙え!」
「カツトシ殿、槍を貰うぞ」
先行していたはずのアグニの爺さんが、俺の乗る戦車と並走していた。ミートの加速が予想以上で、アグニの爺さんに追いついたのだ。
荷台に固定されている手投げロケット弾を収めた箱の蓋は開けたまま。リスラがアグニの爺さんへとその一本を手渡していた。
「儂ではこの距離は届かん。少し前に出る」
「爺さんも乗るか?」
「踏ん張りが利かんから、乗るのは拙い。カツトシ殿はこのまま進むがよろしい」
アグニの爺さんはそう言うと、もう一本の手寝返ロケット弾を左脇に抱えて戦車を離れた。そして駆け出した。
アグニの爺さんの俊足は、ミートの速度を上回るかのよう。とても年寄とは思えない速度で駆けていく。
「ニィ!」
「やれ!」
いつの間にか、ミートの牽く戦車の正面にはワイバーンの巣が見えていた。
相棒もワイバーンの個体を射程内に捉え、狙い撃ちが可能になったようだ。
次々と放たれる手投げロケット弾により、爆音が響く。そこにはワイバーンの阿鼻驚嘆もが混じる。




