第二百十三話
ライアンとリスラは、女王蜂すら知らなかった。
巣ごとに女王蜂がいて、部下としての働き蜂がいることを説明する。
結局は、二人に質問攻めにされてしまい、俺の仕事は一向に捗らなかった。
お陰で、昼前に充填し終えた手投げロケット弾の本数は十六本しかない。
「養蜂は気になる。でも、まずはワイバーンの巣を潰すのが先決だ」
「養蜂が実現すれば、ライアンとキア・マス夫婦の暮らしも潤うことでしょう。ダリ・ウルマム将軍夫妻も隠居生活が安定しますし、開拓地の繁栄にも繋がります。是非とも実現したいところですが、ワイバーンを駆逐しなければアタシたちは開拓地へと辿り着けませんからね」
二人とも気にしていないような風を装ってはいても、養蜂にかなりの興味を示していることが分かる。
俺としても実現できるならば、それに越したことはないので何も言わないが。
「作戦会議は兄さんたちの小屋で行われる。飯を食ったら、移動するぞ」
「今日の昼食は何だろうな? 昨日のカツも美味かったんだけど、毎日油ものなのはきつい」
「カツでしたか? カツトシ様の名に因んだ料理ということで、お姉ちゃんは喜んでいましたよ?」
爬虫類っぽい外見のワイバーンの肉は七面鳥みたいな感じで、鳥らしくない鳥肉の味がする。見た目も鶏肉に近い色合いなのだが、やや赤みが強い。
ワニ肉はあの兄貴でも入手して来ることがなかったため、俺は食ったことがない。
でも、ヤマカガシやマムシなら家の周囲でよく捕獲できた。兄貴が捌いたのを無理矢理に食わせられた覚えはある。但し、当時俺自身が幼かったこともあり、旨かったということ以外はよく覚えていない。
比較対象が鶏肉になってしまうのは仕方が無かった。
「ライアンやリスラは精神的には大人でも、肉体的には子供だから揚げ物が好きなんだろ? 俺も一応は育ち盛りのはずなんだけど、毎日毎食の揚げ物は嫌だ!」
刺身は寄生虫が危険だから諦めるけど、魚を食べたい! アジの開きとか、サンマの塩焼きが恋しい。イワシでもいい。
「帝国の法でもアタシは大人なのです。子供扱いは止めてください」
「姫さん。帝国はエルフの成人年齢をリンゲニオンに準じているからな? リンゲニオンが法改正を繰り返している以上、その言い訳はちょっと苦しいぞ」
リスラは憤慨しているが、エルフの年齢が人族の十倍であることは俺も知っている。リスラは年齢は、人族でいうところの十二歳でしかないのだ。
また、ライアンは大人ではあるけれども、自身の嗜好を素直に認められるだけの器量があるからか、俺に反論したりはしない。そこは俺も読んでいた。
「では、カツトシ様が昼食を準備すれば良いではないですか!」
「ああ、確かに! 美味いものを頼むぞ」
「何でそうなる?」
ニヤニヤと子供らしくない笑みを浮かべるライアンと、憤りを隠そうともしないリスラ。
どうやらライアンは敢えて俺の味方に付くことでリスラを煽り、文字通り美味しいところを掻っ攫う気でいたのだと考えられる。二人してライアンの掌の上で転がされていたようだ……。
そうか、そうくるか……ならば、俺はもうアレを出すしかないな。
「いいだろう! 但し、覚悟しておけよ」
ライアンとリスラには食わせていない食材が、今の俺にはある。アレを披露してやろうじゃないか。
「カツトシ様のお料理は美味しいですから、期待して待っています」
「そうこなくっちゃ、な! 俺も期待して待ってるぞ!」
期待を越える味を披露してやる。ただ、その後に食べる肉には満足できなくるけどな!
◇
「どうぞ、召し上がれ」
胡椒はもう品切れだった。
まあでも、塩だけとはいえ、かなり旨いから平気だろう。
「おい、魔王! 肉を焼いだけとか、ふざけてんのか?」
「カツトシ様、これくらいならアタシでも出来ますよ?」
ライアンの文句は分かる。だが、リスラよ。嘘はいけない。リスラは料理云々以前の問題なのだから。
「シンプルだから旨いんだ。とくと味わうがいい」
普段使わない声の音程。出来る限り低くなるように発声してみた。
俺が用意したのは、ライアンとリスラの二人前のみ。俺自身の分は調理していない。あれだけ我儘を言っておきながら、ミラさんが作ってくれるであろう昼食を待っている。
「なんだこれ、凄ぇうめえ!」
「なんですか、このお肉は? ワイバーンではないですよね?」
ライアンもリスラも俺が、というか相棒が地竜を狩ったことは知っている。だが、相棒の中に地竜の肉が有り余っているという事実を知らない。
しかも一番美味しいであろう、最も脂の乗った腹の肉。俺は脂があまり多くない方が好みなのだが……、食べ盛りの子供には受けは良いはずだ。
「魔王、お替り!」
「ア、アタシも!」
お替りで出す部位は変えるつもりである。脂が多いと飽きるからな。
次は腰の辺りにするか? それとも肩辺りにしようかな。
煮炊き場へと向かい、相棒に俺の希望する部位をカットしてもらった。肉を焼くのは慣れている。兄貴に仕込まれているからな!
ただ、薪の火加減を調整するのは物凄く大変である。今度、ホットプレートみたいな魔具の案をライアンに渡してみようかな。




