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第二百十二話

 昨日はローゲンさんに革鎧の改修と鎖帷子の補修を依頼した後、小屋の中で手投げロケット弾の樽に水素を詰める作業に没頭した。

 ライアンから支給されている造血剤が必須な作業であった。丸薬を固めるのに黒いあんちくしょうの体液が用いられていることなど、最早気にしてなどいられなかった。

 なんと、箱に収められていた手投げロケット弾の総数が百本を越えていたのだ。正確には百十二本だったかな。

 誰がどれだけ使うかは一切考慮せず、詰め込む量は多めにしても、その比較はしない方向で次々に水素を充填していった。

 昼食を挟んで日が暮れるまで作業したにも拘らず、充填が完了したのは四十本強。半数にも満たなかった。

 だから、今日も続きの作業が残っている。


「魔王、今日の作業は昼までな! 作戦会議があるからよ」


「魔王さん、革鎧は明朝まで掛かりそうダ。鎖も応急処置に近いガ、渡しておくゼ」


 昼までにあと何本充填できるだろう? 作業の取り掛かりが昨日より早いため、昨日の半数よりは若干多くは出来そうだけど。

 そしてローゲンさんからは鎖帷子を受け取った。補修か所の鎖は少し太く、楕円に変形してある鎖は、限りなく隙間の狭いCの形になって編まれていた。

 溶接なのか、ロウ付けなのかは定かではないが、そういった作業を端折って短時間で仕上げたものらしい。いや、そういった作業をする設備がこの村に欠けている可能性もあり得た。


 それで、もう一つ重要事項がある。ガヌの姿を昨日の昼食時から見掛けていない。

 恐らくはガフィさんに捕獲されて身動きが取れない状態であるのだろう。俺が逃走するための餌にしたことをやや後悔している。


「リスラ、ガヌ知らない?」


「お姉さんやアランさんたちと一緒にいるみたいですよ」


 ガヌ以外にも、昨日は姿が見えなかったミラさんたちは、櫓作りなどに従事する男たちの昼食と夕食作りに奔走していたとリスラに教わった。

 今日も似たような感じであるようなのだが、作戦会議にも出席するのだとか。

 まあミラさんは開拓団の代表であることだし、妥当なのだろう。


「アタシはカツトシ様やライアンと組むように言われています」


「そうするとアランの扱いはどうなるんだ?」


「アランさんはホーギュエル伯爵の補佐に付けるようです」


 ああ、なるほど。師匠専用戦車の御者に任命されたか。

 ローゲンさんが調整していた戦車の中で、最も異彩を放っていたやつだ。

 絵を飾るイーゼルだったか、楽譜スタンドのようなものが後ろ向きに荷台へと設置された戦車。

 楽譜を置く箇所の裏側にはハンドルが取り付けられていて、角度を自在に調整できるようになっていた。大方、魔具を置いて用いるのだろうが、実際にその光景を目撃したわけではないので、俺には詳しいことはわからない。


「アグニの爺さんは?」


「アグニ様はキア・マスと先行調査から明日現地で合流するそうです」


 相棒が栓を指先で叩いて押し込んだ。俺はちゃんと作業しながら喋っている。視線は手投げロケット弾に釘付けだ。

 この状態でも危険物であることに変わりはないからな。


 それにしてもアグニの爺さんやキア・マスは村に戻らず、討伐班に合流とは大変だな。特にアグニの爺さんは開拓団員でもないのに、こき使われているんだな。


「こんなこと聞くのは何なんだけどさ。戦車作るのに流用した馬車はどうするの?」


「この村で何台かの馬車持ちと交渉するそうです。勇者の発案から生まれた物ですから、是非とも欲しいという者が多いそうですね。それとテスモーラにも何台か売り渡すと聞いています。その代金で馬車を補充する予定だそうです」


 馬車一台で戦車は二台くらい造れそうだった。でも、結構な数の戦車が造られていたのだ。俺が見ただけでも、ミートが牽くモノ以外に十台はあったからな。

 開拓団員を馬車に無理矢理詰め込めば足りそうではあるが、余裕は恐らくない。息苦しい旅路は、勘弁して欲しかった。

 リスラさんが言うには補充されるようなので、一安心ではある。でも、この村を発つのが遅くなるのではないだろうか?

 師匠は雨期までには開拓予定地に辿り着きたいと言っていたはずなのだが、まあ状況が状況であるし、変更も止む無しとなったのかも。


「ニィ、ニィ!」


「あー、はいはい、次だな」


 相棒に急かされて、充填の完了した手投げロケット弾を箱に詰めた。樽が干渉しないように、互い違いとなるように収める。

 新しい手投げロケット弾を持つと、相棒が樽から栓を抜く。俺はドケチ魔術『H2』で充填に取り掛かる。満タン近くまで充填したら、相棒が栓をしてくれる。

 ひたすら、この繰り返しだ。


「ああ、魔王と俺、そして姫さんは最初は本隊と別行動になるぞ。シギュルーを迎えに行かないといけないからな。親父殿も特技兵の腕章はもう手元にないとかで、適当に色のついた布切れも買ってある。ラビが健在でも何とかなる」


「あのスモールラビか。不味いからシギュルーも食わないだろ」


「スモールラビがどうかしたのですか?」


「ワイバーンに襲われた時に、俺の切り札である。魔術を使ったら懐かれたんだわ。

 蟲の意識を乗っ取るのが精々の魔術だったんだが、なぜか前回はスモールラビにまで効果が及んでな。調べたら、この村の周りに群生している薬草がモロに干渉してやがった。ただ、その効果も一時的なもののはずだったんだが……考えるのは明日になってからだ」


 ライアンは今、意識を乗っ取るとか言わなかったか? ライアンはその存在だけでも主人公仕様なのに、そんな極悪な魔術まで使えるとかあり得ねえだろう!

 でも、待てよ。蟲の意識を乗っ取って懐かせることができるなら、希望が持てる。


「ライアン、その魔術でレッドハニービーにも効くのか?」


「そりゃあ、勿論効くぜ」


「なら、養蜂やってみないか?」


「「養蜂?」」


 フリグレーデンの防風林も、先代勇者サイトウさんが発案者であると聞いた。

 魔物が多く生息している危険な林だけど、通り道には魔物除けの香の効果があるため、大きな問題には至っていない。

 そしてあの防風林には、ライアンが嘗て作戦に利用しようとした蜜蜂であるレッドハニービーも生息している。サイトウさんは、より大きな視点で養蜂を実現していたのではないだろうか?

 巣を回収するのに命懸けであるようではあるが……。

 

 だが、もし女王蜂を手懐けられるのならば、話は大幅に変わってくる。


「レッドハニービーの女王蜂にその魔術を使えば、命の危険も無く手軽に蜂蜜を入手できるようになるんじゃないか?」


「な……んだ……と?」


「そんな……レッドハニービーの蜜は最高級品ですよ?」


 ライアンは中身はおっさんだけど、容姿とその嗜好は子供。甘い物や柔らかい物が大好きだった。

 俺も料理のバリエーションが豊かになるのは素直に嬉しい。ミラさんが作ってくれたら、更に。

 使いように因っては危険極まるように感じる魔術も、皆の幸せのために利用したらどうだろう? 俺はそう思ったのだ。

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