第二百九話
「――うわっ、びっくりした」
「おはようございます、魔王様」
昨日、ガフィさんを『収納』したことで襲撃に怯えることもなく、ゆっくりと眠ることが出来たのだが……。目覚めてみると俺が寝ているベッドのすぐ脇、眠るガヌの頭元にミモザさんの姿があった。
俺の専属護衛である相棒は別にサボっていたわけではないらしい。手加減はしているようだが、ミモザさんを俺に近付けまいと今も牽制し続けていた。
しかしミモザさんは相棒の牽制を易々と掻い潜る。俺に挨拶をする余裕すらあったのだ。最早、どうしようもない。
本当にアグニの爺さんといい、このミモザさんも神出鬼没具合が半端ねえ。それ以前に、何故ミモザさんがここに居るのだろう? 謎だ。
「――ミモザさーん、朝食の準備を手伝ってください。そういうお約束だったでしょう?」
「はいはい、今行きますよ。殿下」
届いていた声からして、今日の朝食当番はリスラであるようだった。いや、ちがうな。ミモザさんが朝食当番なのだろう。
当然のようにリスラ個人では料理に携わることが許されていないため、リスラは材料を運んで来たに過ぎないようだ。そうでないと困る。
「兄ちゃん、姫様の料理は……」
「きっと大丈夫だ。ミモザさんがいる」
俺ももう完全ではないものの、回復している。昨日のように俺が料理をしても構わない。食材さえあれば、だが。
というよりも、村長宅で療養するのは今日で終わりにしたい。
再びの小屋暮らしとなれば、食事の心配すら必要なくなる。その分、仕事が割り振られそうではあるが……。
「はい、お食事ですよー」
「今朝、サリアちゃんに教わったばかりのサンドイッチというお料理です。出所は魔王様でしょうけれど」
リスラとミモザさんは、未だベッドの中に身を置く俺の下に朝食を運んで来た。
昨日、ガヌとサリアちゃんに共同作業と言う名目で仲直りを促したサンドイッチ。サリアちゃんは早速小屋の皆に朝食として披露したらしく、ミモザさんはそれを真似たようなのだ。
挟まれている肉はワイバーンぽく、薄くスライスされたパンにはバターが塗られているのを俺の舌は感じ取る。
ただ、地竜の肉に慣れてしまった俺には何か物足りない。それは俺だけではないようで、ガヌも原因が分からずに首を傾げている。
「おいしいんだけど、何だろう?」
「ああ、うん」
ガヌに今すぐ補足はしない。それは地竜の肉の所為だと告げると、食わせろと言い出しそうな二名が同席しているからな。
「苦労はしてませんけど、作った本人としてその感想には満足できませんね」
「美味しいですよ。だけど、サンドイッチくらいならリスラでも作れそうな気もしてですね。ミモザさんが俺の朝食に駆り出されるには、何らかの意図があるのかな、と」
「魔王様に朝食をお作りするというのも、新婚気分が味わえ……嘘、嘘ですよ! 殿下。そうではなく、さすがは魔王様、鋭いですね。
実はガフィさんを探していたのですが、村中探しても見つからず、聞きまわっても誰も知らないというのです。で、最後にガヌ君が襲われているのではないか、と思いましてここに参上したのですが……予想は外れましたね」
ガフィさんと聞いて、一瞬ヤバい。と思ったものだが、最後の最後にガヌの存在を辿ってここに来たというだけの話だった。
ミモザさんもまさか、ガフィさんが『収納』されているとは想像も出来まい。自己完結している話なのだ。俺が余計な口を挟む必要はない。
ガヌもミモザさんの話に相当焦ったらしく、サンドイッチを喉に詰まらせ咳き込んだ。
「ああ、そういえば昨晩は小屋に帰って来ませんでしたね。アタシもお姉ちゃんもイレーヌも全く気付きませんでした」
「……? ガヌ君、何かご存知なのですか?」
「ガフィさんの名前が出たから驚いただけ、だよな」
俺の言葉にガヌはコクコクと頷く。
驚きで言葉が出ないのではなく、サンドイッチを呑み込むのに苦労しているらしい。いや、どうだろう? そう、装っているのかもしれない。
だが、潮時ではあるのは間違いない。朝食を終えたら外に出て、ガフィさんを解放したい。少しでも早い方が良いだろうな。
「キャラバンは村に逗留中ですので戻って来るとは思いますし、もう少し様子を見ましょうかね」
「それが妥当ではないですかね」
俺も嘘が上手くなった、と自身で感心する。まあ、顔に出ていないことは祈るしかないがな。
「ご馳走様でした。俺は師匠の下に向かうつもりですけど、二人の予定は?」
「私は継続して、ガフィさんの捜索ですね。お願いしたいことがありますので」
「アタシは今日から戦車造りのお手伝いです」
よし、二人とも予定があるようで何より。俺とガヌに付いて来られては堪らないため、一応確認してみた。
「ガヌ、さっさと着替えて行くぞ」
「う、うん」
食休みなど取っている暇はない。二人が食事の片付けに手間取っている間に、距離を稼がなくてはいけない。
それに師匠の下に向かうとは言っても、直ぐに向かうとは言っていない。屁理屈だが、俺たちを後をつけてくるつもりなら誘導できなくもないのだ。
その間に、俺とガヌは師匠の居るであろう小屋とは正反対の位置にある放牧場を目指そう。途中で誰かに見つかっても、ミートに会いに来たという言い訳も使えるしな。




