第二百八話
「はっはっはっ、フェルも開拓団の一員になったんだってな」
隊長さんはガフィさんにベシベシと背中を叩かれている。
叩かれた衝撃で前後に体を揺らす隊長さんなんだが、なぜか嫌がっているようには見えない。
しかし、軽口と隊長さんの背中を叩き続けるガフィさんの視線は俺を捉えて離さない。その理由は俺の背後にガヌが隠れているからで、今も虎視眈々とガヌを狙っていると考えられる。
遅い朝食。ほぼ昼食の後に、俺たちは村長宅を出た。
サリアちゃんや、何をしに来たのか不明なアランたちと連れ立って。勿論、その中にはガヌも含まれる。
フリグレーデンでのガヌとガフィさんの生活を垣間見た俺としては、ガヌが頑なにガフィさんに会うのを嫌がる気持ちも理解できなくはない。だが、アランとガフィさんとの取引がある以上、ガヌを連れて行かねばならなかった。
ガヌも食事中の会話では頷いたものの、村長宅を出る際に逃げ出そうとしたのだ。
しかしガヌの逃走劇は始まる前に、相棒によって阻止された。今も相棒の右触手に掴まれたまま、俺の背後で気配を消している。
「……揃いましたね。では始めましょう、ミラ」
「ムリア騎士との会談は終了しました。父上とダリ・ウルマム卿の計略に嵌り、開拓団へと移籍された元ムリア騎士の御三方です」
「計略とは人聞きの悪い。僕とウルマム殿は出来る限り犠牲を出さないよう、取り計らったに過ぎませんよ。まあいいでしょう。では、新たに開拓団に加わった三名は、簡潔に自己紹介をお願いします」
ミラさん本人と父親である師匠が納得している以上、先の襲撃の責任がどうとか、俺がとやかく言うことではない。今は新たに開拓団へと加わった哀れな元ムリア騎士たちを快く迎えたいと思う。
「ラウド子爵の戦士団に所属しておりましたミロムと申します。以後、宜しく」
「ミ、ミロム殿。……私はフェルニル=ギリアローグ。ギリアローグ家は新興の騎士家。国が亡くなる以上、木端貴族の家名など不要。フェルニルとお呼びください」
「リグダール、元狩人です。私は魔王様の開拓団に入れて光栄であります」
「ライス殿が簡潔にと申されたが、いくら何でも短すぎるであろう」
ダリ・ウルマム卿が苦言を呈する。苦笑しながら。
ムリア騎士と紹介された三名だが、実際に騎士であるのは隊長さんだけらしい。
アランが開拓団に加わった際、爵位も無いのに騎士を名乗ることは出来ないのだと師匠に教わっている。ゲームの職業によくある、誰にも仕えず自称しているだけの騎士は、ただの浪人でしかないのだ。
「リグダールはもう何を言っても無駄ですが、隊長はヤケクソですよね?」
「貴様はこうなることを知っていたのだろう?」
「ええ、まあ。僕と妹がイラウで開拓団に保護された時から、隊長とリグダールは狙われていたのですよ。新たな開拓団員にと、ね」
アランの煽り文句に、隊長さんは苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
そこで俺は気が付いた。アランの言葉に該当しない人物がここには一人存在していることを。
「私は……そちらの意図とは関係なく、巻き込まれたのですか?」
「実際に人手不足ではあるのですから、信頼できる人員が多いに越したことはないのですよ」
「ミロム殿は補佐官をしておられたのだ。執務は得意であろう? 開拓団内で執務を務められる者は少ないのでな。大助かりである」
ミロムさんは半ば涙目だった。
泣く子を慰めるが如く、師匠とダリ・ウルマム卿がフォローに廻る。
「以降、御三方はアランさんの監督下に入ってください。アランさんは開拓団の先輩として、しっかりと監督をお願いします」
「えっ?」
「頼むぞ、アラン先輩」
「隊長? 本当に?」
ミラさんの丸投げに、アランは混乱している。
あの煽り文句さえ無ければ、哀れだと同情できたんだがな。自業自得だろう。
「それでは報告会は終了とします」
アランが混乱から醒める間もなく、新規開拓団員の紹介という報告会は終了した。
ぞろぞろと参加者たちが会場となっていた小屋を出ていく。外はもう夕焼け色に染まっていた。
ミラさんは夕食の準備があると早々に戻り、師匠やダリ・ウルマム卿は酒場へと繰り出す。アランも新規開拓団員となった三名を連れて行った。
残るは俺とガヌとガフィさんだけだった。
「勇者、ガヌを渡しな」
「アランとの約束だった訳だから、渡すのは吝かではないけど」
ガヌを逃がさないように掴んでいる触手は、まだ俺の後方に位置したままで動きかない。
「姉ちゃん、ウザい! 鬱陶しい!」
「お姉ちゃんになんてことを言うの!」
ガヌが一言モノ申したいというので、俺は距離とタイミングを計っていたのだ。
しかし、どうもガヌの口撃はガフィさんを怒らせてしまった模様。
原因は不明なれど、最近頗る良くなった俺の動体視力はガフィさんの突進を捉える。そう、なぜか視えるのだが、視えてはいても俺の身体はその速度に対応できるものではない。
「相棒!」
「ニィ!」
広くもない小屋の中、俺の右側面と背後には壁。
ガフィさんがガヌを捉えるには、左側から回り込まなくてはならない。
俺は意図してそういう位置取りをしていた。ガフィさんの動きを誘導するために。
「なっ……」
ガフィさんは突進の勢いを殺すことが出来ず、大きく広がった左触手へと突っ込んだ。そして呑み込まれてしまう。
ただ、白い虎が突っ込んでくる姿は、俺を狙ったものではないと知っていても怖い。
「よし、『収納』完了!」
「兄ちゃん……姉ちゃんが……」
「野盗も『収納』した時のままだったし、ガフィさんも平気なはずさ」
相棒はガフィさんを食った訳ではない。『収納』したのだ。
但し、あくまでもその場凌ぎでしかない。相棒に『収納』された人物も食料などと同様に時が止まっているらしく、頭を冷やす猶予も与えられていないっぽい。
「これでしばらくは姉ちゃんに会わなくて済む?」
「皆がガフィさんの不在を心配するだろうから、明日には出すぞ」
「えーっ」
ガフィさんは、ミラさんたちと同じ小屋に宿泊しているからな。一晩くらいなら誤魔化せるだろうけど、それ以上は厳しいと言わざるを得ない。
「だけど、今晩はゆっくり眠れる」
「そうかもしれないが、明日までにはきとんと覚悟を決めておけよ。これ以上、延長するのは無理だからな」




