第二百七話
「魔王様の一の部下として、このお料理はくりーむころっけよりも美味しいと
断言します!」
「サリア、一の部下はボクだから」
珍しく、サリアちゃんとガヌが揉めている。
孤児院出身者は俺の陪臣候補だとは聞いてはいたけれど、誰が一番かは特に決められていない。二人が勝手に言っているだけ。
俺に人事権があるとするなら、一位はライアンになる。二位は……ダリ・ウルマム卿かな。だが、開拓団の実質的な代表はミラさんなのだ。俺はお飾りでしかない。
ミラさんがどのような判断を下すかは、俺に問われても困るとしか言いようがないため、仲裁はしない。
「……副長は、こんな旨いものばかり食べているのですか?」
「シギュルー様様だね。妹が攫われた時はどうなるかと思ったけど、彼には感謝しかないよ」
アランは彼と称しているが、俺はシギュルーの雌雄がどちらかを知らない。
大体、俺は鳥の雌雄を判別する方法を知らない。飼い主であるライアンにしたって怪しいものだ。
それはさておき、今回俺が作ったのはハンバーグもどき。それもチーズin。
材料は言わずもがな地竜の肉と、サリアちゃんが持ち込んだ卵。そして村長宅を漁って見つけたキャベツらしき葉野菜の芯とライアンが持って来たチーズに、相棒に『収納』されていた俺の硬パンを削ったパン粉。
そう都合よく玉ねぎが見つからなかったため、キャベツっぽい葉野菜の芯をそれらしく偽装したに過ぎない。あと、ガヌに玉ねぎを食わせても平気なのか? という疑問もあった。結局、見当たらなかったため、迷いもないが。
それで、キャベツの芯は火を通すとそこそこ柔らかく、比較的甘く仕上がるのを利用したまでだ。
「ほぅ、思ったより旨いな。いや、肉が旨すぎるのか? チーズに全然負けてねえ」
肉汁からソースも作ったけど、塩と胡椒しか使っていない。それなのに味の濃いチーズに肉の味が負けていないどころか勝っている。
「お替り!」
「作り方は見ていただろう? ガヌでもサリアちゃんと協力すれば作れるって」
全身に毛を纏うガヌは基本料理には向かない。でも、力仕事は俺よりも向いている。だから俺は、ミンチを作る工程をガヌにナイフを二本持たせて任せた。出来ないとは言わせない。
そしてサリアちゃんはミラさん程ではないが、料理の腕前は相当なものである。ならば、二人で協力すればいいのだ。これで仲直りも出来るだろう。
俺が人数分を再び作るのが怠いとか、そういった意図ではない。いや、まあ、うん。
「あ、あのガヌ君。お姉さんに会ってはもらえないだろうか?」
普段、素直で良い子なガヌが露骨に嫌な顔になる。
俺の所へ避難してきたことを思えば当然なのだが、そこには師匠やアランの思惑が潜んでいた。
ガフィさんを巻き込むくらいなら、アグニの爺さんでも良かったのではないかと俺は思うのだが……耳と鼻の良さを思えば、代役は不可能であったのかもしれない。
「イラウに帰ってしまう前に、会える時に会っておけよ」
「……うん」
「すまないな、カットス」
親との縁を自ら断ち切ったアラン。俺は会いたいと思ったところで、会えるかどうかかなり怪しい状況にある。
主犯格であるアランの言葉にも、ガヌを思いやる気持ちが見え隠れしていた。ただ、俺がそのように感じただけで、ガヌに伝わったかはわからない。
「あぁ、肉を薄焼きにしてパンで挟むって手もあるな~」
唐突に話題を切り替えてみる。
ミラさんを救うのに地竜の肉が消費されていないのならば、その在庫はとてもこの人数で食い切れる量ではない。ガヌの腹が破裂するまで放出するなど、訳もない。
「タロシェルのパンがあるの」
「肉を切るから、兄ちゃん焼いて!」
結局、俺が駆り出されることになるのだが、それはもう仕方がない。肉を細切れにすることは日常的ではないし、それを焼くのに慣れたものはこの中に俺しかいないのだから。
だが俺は、ハンバーグはそう得意な料理ではない。中学の調理実習では何度も失敗を繰り返している。空気が上手く抜けず、焼いている間にボロボロと崩れ、肉そぼろに変じたのは良い思い出だ。
「魔王様! 自分も一生付いて行きますぜ」
「静かに食え、リグダール」
「副長の話によれば、帰国すると嘗ての同僚と戦争をしなければならなくなります。自分は嫌ですよ、そんなの。幸い、親は僻地の山村で戦火に飲まれることもない。だから自分は、副長のように開拓団員になりたい。こんなに美味い飯が食えるんだもの、当然でしょう?」
アランの作戦は半分成功したらしい。でも、その片割れとなる隊長さんの動向はわからない。それでも今日の夕方には判明するはずだが。
しかし、戦争とはどういうことだろう?
ラングリンゲ帝国、ムリア王国、商業都市国家ジャガル。この三国の間に何が起こっているのだろうか?
「師匠たちは引き抜きを考えてたんだ。リグダールさんが賛同してくれるなら、アランの評価も上がるだろ?」
「まあ、そうなんだけどさ」
アランの歯切れは悪い。
「ワイバーンの巣の駆逐が控えているだろ?」
「ああ」
「隊長とリグダールは連携に問題があるから、村に残ってもらう予定だけど……」
「隊長さんが引き抜かれることは前提なんだな」
「当然だよ、ホーギュエル伯爵の発案だぞ? 小国ムリア如きの貴族で相手になるはずもない。会談は一方的なものになるはずさ」
アランはやたらと師匠を持ち上げる。俺も別に否定するつもりは無いが、肯定できる材料はそう多くない。師匠は知名度は高いようなのだが、大陸の情勢に疎い俺にはいまいちよくわからない分野なのだ。
「それに、カットスですら苦戦した黒いワイバーンがいるだろ?」
「奇襲を受けた形だからなぁ」
実際、どうだろう?
俺と相棒のバディは今まで正々堂々と戦った相手は極めて少ない。地竜もこっそり死角に廻り込んで、相棒が呑み込んだだけだ。
今回は上空からの奇襲で接近を許してしまったがために、正面で迎撃せなばならなかっただけ、とも言える。
双方ともに命懸け、負ければ食われるのだから、正々堂々などと戯言を言っている場合ではない。
勝つべくして、勝つのだ。
俺の名のように!




