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第二百五話

「開拓団は無駄飯喰らいを囲っておく余裕などありません。また、今代勇者の秘術によって娘も無事ですし、他の負傷者も軽傷の者ばかりです。正直に申せば、処刑してしまうのもどうかと思っているのですよ」


「では、労働力とされては如何か?」


「働かせるにしても、彼女は信用できません。何を仕出かすか分からない者の拘束を解くなど、危険極まりない。開拓団には幼い子供も居るものですから、ね」


 捕虜交換と聞いて何を言い出すのかと思いきや、ホーギュエル伯爵の訴えは真っ当なものであった。

 開拓団が開拓団である以上、ミレイユの存在は邪魔もの以外の何ものでもない。


「それに、こちらの女性士官はデルヴァイム侯爵家のご令嬢であると聞きました。厳罰を与えるにしろ、ご領地の親元へ連れ帰った方がよろしいのはないでしょうか?」


 その表情から察するにクラウディア女史の反応は微妙で判り難いが、デルヴァイム侯爵と懇意であるラウド将軍としては、出来るなら連れ帰りたいところなのだろう。

 ただ、ミレイユの存在は父親であるデルヴァイム侯爵であっても扱いに困ることにになるのは明白だ。帝国に援助を願い出た側のデルヴァイム侯爵、その娘が帝国の国賓クラスに害を及ぼしたのだから当然だろう。


「ミレイユの存在は帝国との間の禍根となる。連れ帰ったところで、良くて全権利を剥奪され、幽閉。その後、折を見て処分される。儂は正直、どうすべきかと迷っている」


「選択肢は幾つかあるにはあるのですが、自信を持ってお勧めできるものでもない。そうですよね? レウ・レル殿」


「ええ。こちらの女性騎士は、そちらの女性士官を唆した罪があります。使節殿が持ち帰られる土産として、十分役割を熟せることでしょう」


 レウ・レル殿が曖昧に提示した案は、酷く悪辣な手段を想像させた。

 要するに、ミレイユの犯した罪をベリネッサに擦り付け、処刑しろというのだ。しかも身分差など諸々の事情を考慮すれば、ベリネッサのみならず、一族郎党をも含めた者たちが共に処断されかねない。あわよくば生き残っても、罪人の血統という烙印を押されることになるだろう。

 非常に胸糞の悪い提案だが、これも政治・外交であるのだ。


「そこまでして生き永らえるつもりはない!」


「其方の意見は訊いていない。いずれにしろ、その娘と現当主は処断される。なれば、それが最善であるのだろう」


 ミレイユが大声で放った反論はラウド将軍に聞き流された。

 ラウド将軍は、ホーギュエル伯爵が促したレウ・レル殿の提案を受け入れるつもりなのだ。


「まあ、そういったことは帰りの道中ででも決めてください。まずは捕虜交換が先決でしょう」


 あっけらかんとホーギュエル伯爵が告げる。

 捕虜交換でミレイユがラウド将軍の手中に入らなければ、確かに何の意味もなさないが……。それでもこの胸糞の悪い提案を促したのは、あなただろうに!


「我々開拓団が欲するのは労働力。出来るなら男性の労働力です」


「一行の中で男は儂とミロム……」


「……私とリグダールだけ」


「使節殿にはデルヴァイム領にお戻りいただかなければなりませんので、除外させていただきます」


 必然とはいえ、ラウド将軍が除外される。すると、選択肢はミロム殿と私とリグしか残らない。


「こちらは侯爵家のご令嬢です。釣り合いを取るには二名は必要でしょう?」


「然もあらん」


 追い打ちを掛けるホーギュエル伯爵、当然だとばかりに返答するラウド将軍。

 最早、完全にホーギュエル伯爵の掌の上であった。

 そして私は悟る。

 先の胸糞の悪い提案は、ラウド将軍の迷いを打ち消すために用意されたものであるということ。ホーギュエル伯爵とレウ・レル殿は、あくまでも選択肢のひとつとして、最も悪辣なものを提示したに過ぎなかった。


 そしてそれは結果的に、私やミロム殿の意識までもを本題から逸らしてしまう。


「(……な)」


「閣下?」


 ラウド将軍が口の中で何かを呟いた。

 私もそうだが、ミロム殿もその内容を聞き取れなかったようだ。


「こちらはミロム、ギリアローグ、リグダールを差し出す!」


「おっと、こちらとしては多い分には有難いのですが……本当に宜しいのですか?」


「土産代も含めば、それでも足らぬのではなかろうかな」


 有無を言わせぬ勢いでラウド将軍は宣言した。

 その、あまりの内容に驚き、咄嗟に私とミロム殿が視線を交わす。

 ミロム殿は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、沈黙。上官の判断であるのだ。逆らえば抗命となってしまう。

 それでも私はラウド将軍に意見しようとして、思い出した!


『明日行われる、開拓団とラウド将軍らの会談。

 開拓団からダリ・ウルマム元将軍とオニング公国ホーギュエル伯爵が代表として出席します。ラウド将軍らムリア側の代表が開拓団側の意見に反対するのを防いでいただきたい』


『隊長もご出席なさると聞いています。多少強引にでもねじ伏せてください。それが最善を導く手段となるのですよ』


 『ラウド将軍らムリア側』には勿論私も含まれている。ということは私の反対意見は認められない。それ以前に反対意見はねじ伏せろと言われている。

 ラウド将軍は開拓団の要望を受け入れた。ここで私が反論すれば、全てが台無しになりかねない。

 例えミレイユとの捕虜交換の材料とされていたとしても、ここは押し黙ることが最善と判断するしかなかった。


「ホーギュエル伯爵、ウルマム殿、ご納得いただけましたか?」


「勿論です」


「うむ、異論はない」


「では、これにて本日の会談を終了とさせていただきます。村長、長い間お付き合いいただき感謝します」


「いえ、こちらこそ。このような重大事を決める場に召集いただき感謝します」



 会談が行われた小屋の中にはもう開拓団の面子は誰一人として残ってはいない。居るのはラウド将軍とミロム殿と私、それと拘束されたままのミレイユだけ。


「閣下、正気ですか?」


「大幅に予定は狂ったが、当初の予定通り開拓団と友好的に接触できた。ムリア王国そのものの存亡は難しくはなったが、デルヴァイム領で十二分に役に立つ情報が得られることだろう。儂は貴殿らの働きに期待しているぞ」


 詭弁だ。

 ラウド将軍はミレイユを手元に戻すために、私たちを開拓団に売り渡したのだ。

 今や、私たちを自由にするか否かの権利を有しているのは開拓団であって、ラウド将軍ではない。

 だが考えようによっては、ムリア王国から帝国に鞍替えするのが早まったに過ぎない。アランと同様と考えれば……あっ!

 アランめ! 私たちが捕虜交換の材料とされることを知っていたな! いや、開拓団の狙いは、端から私たちであったのだろう。

 だからこそ反論は許さないと、最初に封じ込めに来たのだ。クソッ、ハメられた。


 ホーギュエル伯爵の希望は二名だったのは、私とリグを欲していたからだろう。そう思えば、会談中の好意的な視線にも納得ができる。

 だからこの場合、本当に不運なのはラウド将軍の一存で巻き込まれたミロム殿ではないだろうか?

 あと、この場に立ち会わず、勝手に進退を決められたリグも相当だろうが……。

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