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第二百四話

 ベリネッサを含むムリア騎士側は、勇者の正体が魔王と知るや沈黙した。

 そして私は勘繰る。進行役を務めるレウ・レル殿がベリネッサの発言を制止しなかった理由を。頑なに勇者奪取を叫ぶベリネッサを利用し、私に勇者の正体を暴かせたのではないかと……。


「レウ! 陛下が挙兵したと聞いたが、その編成はどうなっている?」


「はい。白銅騎士団、赤銅騎士団を併せた連隊を主力とし、道中の露払いに黒鉄騎士団より増強大隊を抽出。輜重兵団、工作兵団から各二個中隊、特技兵団から一個小隊が従軍。以上を併せまして、一個旅団編成であります」


 私が複雑な想いを抱え、周囲を訝しんでいる間にも会談は進んでいた。違う、帝国側の情報の擦り合わせが行われていた。


「総指揮は?」


「ニル・セド将軍です」


「解せんな。攻めるには向かぬ編成に、指揮官がニル・セド? まさか……いや、陛下ならやりかねん、か。レウ、陛下の真意は?」


「ウルマム殿のご想像の通り、かと」


「ラウド殿、謝罪に訪れたことは十分評価に値する。しかし、陛下に踊らされましたな」


「なんですと?」


 なんだ? どういうことだ?

 ダリ・ウルマム元将軍の言葉に意表を突かれたのはラウド将軍だけではない。私もだった。


「……確か帝国には、このような言葉があったはずです。『敵を欺くには先ず味方から』と、元は先代勇者の言葉であったようですがね。

 要は、獅子身中の虫がどこに紛れ込んでいるか分らぬ状況では、真実を告げることは出来なかった、ということでしょう」


「ライス殿、よくご存じで。まあ、そういうことですな」


 ホーギュエル伯爵の言葉が示唆しているのはベリネッサの存在に他ならない。ベリネッサに集まる視線は、今この小屋に居る全ての者の視線でもあった。


「では、帝国軍の挙兵はブラフであると?」


「ラウド殿、最初から真逆なのだ。陛下が招集した軍は、デルヴァイム領への援軍である。守りに長ける私が育てた騎士団と部下を送る理由、他には考えられまい」


「なんと……」


 ラウド将軍は言葉を失い、パクパクと口の開け閉めを繰り返すのみ。いや、私とて同様だ。


「では、レウ・レル殿は?」


「ええ、陛下が我らに与えた任務は間者の捜索です。ですが、中々尻尾を掴めず、手間取ってしまい申し訳ありませんでした」


 ラウド将軍の本来の補佐官であるミロム殿は冷静だった。冷静であるがゆえに、レウ・レル殿に疑いの目を向けた。

 だが、そのレウ・レル殿が即座に謝罪したため、ミロム殿もそう強くは出られない様子。


「そちらの憂いも晴れたことですし、こちらの本題に入りませんか?」


 憂いは確かに晴れた。デルヴァイム領を蹂躙すると考えられていた帝国軍。それは実のところ、デルヴァイム領を守るために派遣される軍であった。

 何から守るのか? それは無論、ムリア王国軍やジャガルの傭兵団から……。

 いや、どうだろう? ジャガルは帝国軍と真っ向からやり合おうとするだろうか?

 私には、ジャガルが反帝国を唱える理由はないように思える。それはジャガルにとって、この大陸の国々は商売相手でしかない。

 ならばジャガルはベリネッサとミレイユを遣い、何を目論んだのだろう?


「待ってください。帝国軍に対する憂いは晴れましたが、ジャガルの狙いがまだわかりません」


「ギリアローグ卿、貴殿も本当は分かっているのだろう? ジャガルの狙いはムリア王国そのものだ。ジャガルから情報を得た第一内務卿は、オニング公王の縁者を害した罪でデルヴァイム領を攻めなくてならない。そうなれば、防備の手薄になった王都をジャガルは放ってなど置かない」


「王都での籠城は不可能です。多額の借金返済のため、王都の備蓄食料は既に二束三文で買い叩かれています。何より飢えた兵では戦えない。飢えに因る士気低下から逃亡する騎士や兵を、敵前逃亡の咎で殺めれば暴動に発展するでしょう。今のムリアでは宣戦布告された時点で終わりなのです」


 私の質問に答えを返したのはダリ・ウルマム元将軍でもホーギュエル伯爵でもなく、ラウド将軍とミロム殿だった。


――ゴン、ゴン


「発言を認めましょう。ウルマム殿、お願いします」


「うむ」


 発言を主張したのはミレイユだった。彼女は壁に後頭部を打ち付け、音を鳴らしたのだ。


「ベリネッサ、滑稽だとは思わないか? 栄誉に固執した私と、嫉妬に狂ったベリネッサ、お前が国を亡ぼすのだ」


「それは違う。先王が後継者の指名を誤ったのだ。幼王ではなく、第一内務卿を王に据えておれば、ジャガルを引き込むことも愚かな政なども行わずに済んだのだ。其方らは最期の切欠に過ぎぬ」


 ラウド将軍の言葉は慰めでしかない。

 結局、決定打となったのはミレイユの行動にある。いや、そう唆したベリネッサが主たる要因ではあるが、それもまたジャガルの掌の上であったのだ。

 ミレイユは口を閉じ俯き、一筋の涙が零す。その涙は悔し涙か? また、それを傍観していたベリネッサは無反応を貫いていた。


「彼女に猿轡は、もう必要ないでしょう。では、続けます。ホーギュエル伯爵、どうぞ」


「その前にレウ・レル殿、そちらの女性の扱いはどうなされるのですか?」


「この女性騎士は私の方で預かります。使節殿の土産に必要でしょうから」


「では改めまして、捕虜交換と参りましょう」


 祖国が滅びるか否かの瀬戸際に、しんみりとしていた雰囲気が一変した。

 レウ・レル殿が述べる使節とはラウド将軍のことを指すのはわかる。ただ、その土産とはどのような意味か? そして捕虜交換だと? 

 寝耳に水とは正にこのことだが……。いいや、私は何かを忘れている気がする。

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