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第二百三話

「ベリネッサ。なぜ、こんなことを?」


「なぜ? なぜと貴様が問うのか? 勇者強奪は勅命であろう? 団長はそれを果たそうとしたに過ぎない。だというのに、貴様ら逆賊はどうだ? あまつさえ団長を拘束し、その身柄を帝国に引き渡すなど! 私には理解できない」


 ベリネッサの耳にクラウディア女史の言葉が届いたのか、拘束されているにも拘らずに我が意を得たりと持論を語り始める。逆にクラウディア女史は先程までとは打って変わり、沈黙した。


 逆賊、か。

 私が剣を捧げたのは先王と民に、である。無論、先達であるラウド将軍やミロム殿も同様だろう。

 愚かにも傀儡と化した現王に捧げる忠誠を私は既に有していない。否、最早私だけではあるまい。少なくとも、現場主義である第二騎士団の大半はそうであるに違いない。

 では、民に捧し剣はどうか? 

 私が守るべき民は現王寄りの民でもなければ、ジャガルに寄り添おうという民でもない。まずは最も近しい民である両親、親戚。その寄る辺となる場所を守ることこそが最善と私は判断した。

 だからこそ私はデルヴァイム侯爵の目論見に、ラウド将軍の指揮下に甘んじているのだ。


「それに、団長補佐の役目はこの私にこそ相応しいのだ。クラウディア、貴様さえ存在しなければ、な!」


「私をミレイユの世話係に就けたのはデルヴァイム侯アガレス様。そして私を補佐官に任命したのはミレイユ本人ですよ。そこにあなたが入り込む余地があるとでもお考えなのですか?」


「……だから、君自身が有能であると認められるために、そちらの元騎士団長に意見具申したのですね? 『盗賊用い、開拓団を攻めよ』というジャガル中央評議会の指示通りに」


「……」


 ベリネッサの煽るようにクラウディア女史が発言したところで、レウ・レル殿が口を挟む。

  

「しかしジャガル中央評議会直轄の密偵らとしても、君がジャガル商人を装って賊に接触したことは想定外であったようですよ。図らずも黒幕が暴き出されたことになるのですから」


「どこまでご存知なのですかな?」


「私もテスモーラ逗留中に知ったばかりです。そちらの人族の男性はジャガル出身ではありますが、元来は帝国で伴侶を得て子を儲け、帝国にいち早く馴染もうと努力する善良な商人です。ただ不幸だったのは、中央評議会直轄の密偵に目をつけらてしまったことでしょう。

 ここ数年、帝国とジャガルとの関係は拗れています。どうも中央評議会の勢力図が塗り替えられたようなのです。彼らも出来ることなら中央評議会とは手を切りたい。ですが、現在中央評議会を牛耳っている商会に問題がありました。

 カステルハーディ商会。商会とは名ばかりの傭兵団を幾つも抱えた戦争屋です。西大陸の動乱に乗じ、巨額の財を成したと噂されています。

 そして彼らは指示に従わなければ、暗殺者を送り込むと脅されていた。カステルハーディ商会なら有り得ない話ではない、と。

 そこで今回、私は彼らは取引をしました。彼ら商人が出した条件は一時的に帝国の牢に勾留すること。騎士に目をつけられているとなれば、中央評議会の密偵も安易に近付いては来ないだろうという目論見です。

 取引の対価として私たちは情報を得ています。中央評議会直轄の密偵の潜伏先や似顔絵などですね。当然、潜伏先には兵を送り込んでいます」


 帝国の騎士団長。しかも近衛騎士を指揮する騎士団長ともなれば、ここまで有能なのか……。いや、与えられている裁量権が幅広過ぎるようにも思える。私では手に余るな。


「それでも、勇者さえ手に入れてしまえば!」


「不可能だ!!」


 レウ・レル殿の話を聞いて以降も、ベリネッサの主張は止まなかった。最早、暴論であった。

 だから、私もつい反論してしまった。


「ギリアローグ卿?」


「失礼。不可能……それ以前の問題なのです。今代勇者の正体を知れば、それがどれだけ無謀であるのか、ご理解いただけるでしょう」


 突然の私の大声にラウド将軍は驚いたようだった。だが反論してしまった以上、説明する必要が生じてしまう。


「おや? どうやら開拓団が秘匿していた情報を探り当てたようですね。これはまた随分と有能な士官であるようだ」


 しれっと宣ったのはダリ・ウルマム元将軍。

 あなた方だろう? 昨晩、アランを私たちの元に送り込んできたのは! と、私は心中で叫ぶ。

 昨晩の密談をここで詳らかにするのは危険だ。魔王の、勇者の、その逆鱗に触れる訳にはいかない。


「ギリアローグ卿、どういうことか?」


「一度漏れてしまった以上、いずれ公になる日も来ます。この場に居合わせた皆さんにはお伝えしても良いですよ」


 柔らかく微笑むホーギュエル伯爵からは、悪意を感じる。敢えて、私の口から真実を述べさせようとしているのだ。


「今代勇者の正体は……魔王と呼ばれる冒険者のことなのです」


「ッ!」


 クラウディア女史が、ベリネッサが目を剥く。壁際に座らされているミレイユまでもが驚きを露わにしている。

 だが――


「魔王というのは、そこまでなのか?」


「戦力評価は以前ラウド将軍閣下に申し上げた通りです。魔王、いえ今代勇者の戦力は唯一人で一軍に匹敵するでしょう。その身柄を拘束してムリアに連行するなど、無謀極まりない。そのような事態に至らなかったことこそが幸運だったのです」


 イラウで合流したラウド将軍には、以前報告した通り。だが、ミロム殿も含めてお二人はあの夜を知らない。知らないからこそ、私に疑いの目を向けるのだろう。

 刹那の内に賊主力となる騎馬部隊と、アサシネイト・バブーンという凶悪な魔物の群れのほぼ全てを呑み込んだ、あの赤い閃光。

 あれは目撃した者にしか、そこから生まれる恐怖を感じることが許されない。

 報告だけで、その全てを理解できる方がどこかおかしいのだ。だから、ミロム殿のその疑問は真っ当なものだと私には理解できた。

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