第二百二話
会談となる小屋の中央には長方形テーブルがひとつと、会談に臨む人数分の椅子がベルホルムス村から提供されたと聞く。
私たちムリア騎士団からはラウド将軍とクラウディア女史と私が出席。捕虜であるミレイユは四股を拘束し、猿轡を噛ませた状態でクラウディア女史が確保している。
また、ラウド将軍の補佐官であるミロム殿はレウ・レル殿に請われ別件に注力しているため、本日の補佐役はラウド将軍の求めにより私が務めることとされた。
開拓団からはダリ・ウルマム元将軍、オニング公国ホーギュエル伯爵が令嬢の代理出席となった。
尚、会談の立会人としてベルホルムス村の村長も出席。進行役は双方の事情をある程度理解しているレウ・レル殿が務める。
顔合わせからのラウド将軍による一方的な謝罪は、開拓団代表の二人にあっさりと受け入れられた。
ラウド将軍は胸を撫で下ろすかのように、ひとつ深い息を吐く。私も正直に言えば、拍子抜けだ。
だが、ここで安心して良い理由にはらない。昨晩のアランが訪問が、ここからの会談こそが本分となることを示唆しているのだ。
「謝罪の証として、先日の一件の首謀者を引き渡したい」
「ええ、では一時的にお預かりするとしましょう」
ラウド将軍の申し出を受け入れたホーギュエル伯爵の言葉が耳に残る。一時的に?
クラウディア女史は、後ろ手に拘束された両手と髪を掴むと無理矢理にミレイユを立たせ、前へと押し出した。その行いには以前までの主従関係は一切見られず、完全に罪人に対する扱いであった。
クラウディア女史に対応したのはダリ・ウルマム元将軍。脇に廻り込みミレイユの腕を掴むと壁際まで連行、膝裏を足裏で叩き座らせた。その躊躇のない流れるような動作は、捕虜の扱いに慣れている証だろう。
「首謀者の身柄だけでは不服と申すのであれば、この老体の首も進呈いたそう」
「それは困ります。特使殿は無事にムリアへとご帰還していただかなければ、帝国の風聞に関わります」
「使節として帝国を訪れたのであれば、それは当然でしょうね。
ですが、捕虜の裁定をこちらに委ねる意図がわかりません。ご説明、いただけますでしょうか?」
レウ・レル殿は昨日開拓団に説明したのではないのか? それとも第三者たる立会人の村長に聞かせる必要があると判断したか?
ホーギュエル伯爵の問い掛けに、ラウド将軍が答える。
ムリア国王の勅命から始まった一連の軍事行動とその流れ。勅命を利用したデルヴァイム侯爵の親書を携えたラウド将軍ら使節団の動き。越境に成功したムリア騎士の行動と、ミレイユの暴走に至るまで。
「なるほど、なるほど。勅命である勇者強奪計画を隠れ蓑に、帝国の援助を取り付けようとしたと?」
「……」
ラウド将軍は言葉を発さず頷き、ミレイユを悔しそうに睨んだ。
――ギ、ギィィィ
その時、小屋の扉が外部より開かれ、何者かが息急き切らせて飛び込んで来た。
「レウ・レル殿! 暗号文の解読、完了しました」
「ミロム!?」
「ミロム殿、暗号文の内容を」
「『勇者追跡継続中テスモーラより北進』です」
「ミロム殿、感謝する! 皆さま、暫しお待ちくだされ」
ミロム殿はテスモーラ逗留中からラウド将軍の傍を離れ、レウ・レル殿の要請で何かに取り組んでいた。それが暗号文の解読であったらしい。
暗号文の内容から考えるに差出人はムリア騎士か兵士。だからこそ、ミロム殿が暗号文の解読を要請を受け入れたのだろう。
レウ・レル殿が慌てた様子で小屋を出ていく。
「何か動きがあったようですが、進行役不在ではどうしようもありません。大人しく、待つとしましょう」
ホーギュエル伯爵からの提案。
そう口にしながらも、ホーギュエル伯爵の視線は私を捉えて離さない。
それは好意的な視線のように思える。アランが私に関する事柄を何か話したのだろうか?
確かに私は、当初開拓団に手出しは危険と撤退を上申している。そしてミレイユの企てを知って以降には、開拓団にそれをリークするようアランに命令していたが……。
「状況から推察しますと、第三騎士団の中に間者が紛れ込んでいたのでしょうね。第一内務卿の間者らしき者は拘束してラウド将軍閣下に引き渡したのですが、まだ潜伏している存在がいたとは……」
クラウディア女史の呟きを聞き、私は思う。まさか、リグダールではあるまいな?
アランが逃げ出したというリグダールの目論見は、半ば当たっていた。そのリグダールまでもが裏切り者であった場合、私はどう対処すべきだろう?
いや、まだだ。まだ、リグダールがそうと決まったわけではない。疑いを持つよりも、ここは信用するべきところなのだ!
小屋の外部から聴こえてくるのは怒声と悲鳴。そして剣戟音。その剣戟音も数回程度で止んだ。
ギィィィィ
小屋の扉が再び開く。
現れたのは勿論レウ・レル殿なのだが、その脇には白銀騎士に拘束された女性騎士の姿があった。
また、それとは別に大きな酒樽が転がされてきた。
「ベリネッサ、あなたがなぜ!?」
「ミロム殿、今一度暗号文の内容を読み上げていただけるだろうか?」
「『勇者追跡継続中テスモーラより北進』」
「君がテスモーラの酒場で男に手渡した紙片に相違ないな?」
「そんな紙切れは知らない。冤罪だ!」
女性騎士の顔を一目見て、驚きの声を上げたクラウディア女史。だが、その声は無視された。
女性騎士ベリネッサはレウ・レル殿の問い掛けを否定し、喚き散らす。
「開けろ!」
「はっ」
レウ・レル殿の命令を受けた白銀騎士が、大きな酒樽の箍が外す。すると、蓋の外れた酒樽の中から拘束された平民風の男が転げ出てきた。
「この男に見覚えはあるか?」
「ッ! ……知らない」
「この男はジャガルの密偵だと既に白状している。君は彼らを第一内務卿の間者と誤解していたようだがね。随分と扱い易い娘だったと彼からは聞いているよ」
「……くっ。騙したのか、貴様!」
全てが露呈していることに気付いたのだろう。女性騎士ベリネッサは前言を撤回するように、男に向け怒鳴り散らす。しかし、樽から出てきた男は答えない。
当然だ、猿轡を噛まされている。
「ベリネッサ。なぜ、こんなことを?」
この状況が信じきれないクラウディア女史は再度いや、何度もつぶやきを繰り返していた。




