第二百一話
根回しという名の脅迫は終了。
アラン兄妹と俺は隊長さんたちが宿泊する小屋か退出したところ。小屋の周囲を警戒していたはずのガフィさんの姿はない。見回りでもしているのだろうか?
あとは『収納』した戦車を取り出して村長宅へ戻るだけなのだが、俺にはひとつ気になっていることがあった。
「俺が勇者であると話しても良かったのか? ライアン」
「……な、なんのことだい?」
アランとライアン。
二人の名前が似ているからといって、別に俺が呼び間違えたわけじゃない。
アランの後方に立ち見守っていた俺には見えていた。
隊長さんと対談していたアランの背中から首筋の辺りに、相棒のスライム触手に似た空間の歪みが存在していたことを。
小屋の中の光源は獣油ランプが一つだけ。ランプの炎は人の動きで生じた些細な風でも揺らぐ。揺れる炎に照らされたスライム触手は境界の歪みがいつも以上に目立ってしまっていた。
また、同様にアランの背中に掴まっていた何かも、その輪郭が幼い子供の姿となって薄っすらと浮かび上がっていたのだ。
俺の知る限り、開拓団内でそんなことが可能な子供はライアンしか存在しない。となれば、その存在がライアンであることの証明ともなる。
昼間の陽光下や真っ暗闇の中では、まるで目立たないスライム触手はどうやらランプの炎や蝋燭の炎が弱点であったようだ。それでも余程注視していなければ、まず気付くことはないだろうが。
「後ろからだと丸分かりだったぞ!」
「な……んだと!?」
「姿を消す、その魔法。相棒のスライム触手と一緒で、弱い光が当たると輪郭が浮かび上がるみたいだぞ。それにアランの口調が普段と違ってブレブレだったからな」
隊長さんはアランの首元に浮かび上がる輪郭を相棒のスライム触手と同一のものであると誤認したようで、ライアンが潜んでいたことは恐らくだが露呈していない。
だが、幾度か危ない場面はあったのだ。
再会したアランを抱き締めようとしたのか、殴ろうとしたのか? 近付いてきた時には正直俺も焦った。相棒がスライム触手で、やんわりと隊長さんを押し留めたから助かったけどな。
あとはアレ。兵士さんに別人みたいと疑われた時だ。
きっとライアンが何らかのフォローを入れたんだとは思う。けど、フォローしてるのがライアンだからな……お察しだろう。アランの口調が、ライアンのそれとそっくりになってしまっていたのだ。
「私にはライアンさんは、全く視えていませんでしたよ?
それにお兄ちゃんはああいった交渉事は苦手なので、ライアンさんのお陰で助かりました。本当にありがとうございます」
「……こりゃ、姿隠しも術式を改良しないとダメだな」
悔し気な表情を張り付けたライアンがアランの真横に現れた。返答の声音からライアンであることは判明していたが、ようやくその姿を見せたとも言う。
「ライアン、戦車置いて行ったのもこれがあったからなのか?」
「いいや、違う。俺がこの話に組み込まれたのは夕飯の後だ。
戦車は野晒しだと、座席のクッションが朝露で濡れるからな。魔王の相棒に収納してもらおうと思ったんだが、チーズとガヌの引き渡しだけで伝えるのを忘れてしまった」
「夕食の後、ホーギュエル伯爵の提案でライアンさんには僕の補助に廻ってもらうことになったんだ」
時系列から考えて、ガヌを利用しようと画策したのはやはり師匠ということか。
暗くなると寝てしまうから、今夜中に師匠を問い質すのは諦めるしかない。それでも明日以降に顔を合わせる機会があるならば、是非とも話し合う必要がある。
「こんなに小さくて可愛いのに、ミラの叔父さんなんですよね」
「イレーヌよ。兄さんが領地に戻る際には、俺が師を引き継ぐんだからな? 兄さんは色々と忙しそうだし、最初から俺が教えても構わないがどうだ?」
「は、はい。是非、お願いします!」
あれ? アランは師匠の弟子になることにこだわりを見せていたのだが、良いのか?
それにしても妹弟子ならず、か。
俺は妹という響きに憧れがあるけど、イレーヌさんは俺と歳が近過ぎてあまりピンと来ない。少なくとも弟より二三歳下であることが理想である。
「俺の師匠も引き継ぐのか?」
「魔王のはもう、俺や兄さんの魔術とは異なる道を進んでいる。これ以上教えるとなると……空間魔術の理論くらいしかねえが、それは兄さんが教えるという話だろ?」
あっ、やべ……思い出した!
師匠が俺に空間魔術を教えるのに都合が良いと課題を出したんだ。剣に魔力を通すという無理難題に近いアレは、未だ達成出来ていない。
いや、『収納』の復活を確認したのは今日だから、一応セーフなはずだ。
「――よう、話は終わったのかい? って奇妙な気配があると思えば、やっぱお前か」
「その様子だと俺の存在に気付いてたな?」
「当たり前だよ。アタイらは鼻が利くからね。それより、そこのお前約束は守れよな!」
「ガヌを餌にするようなやり口は、俺も喰わない」
「ああ、俺も同意だな。でもこいつを責めてやるな、考えたのは兄さんなんだ」
「僕も正直どうかと思ったんだよ。だから、ガヌにはちゃんと説明するつもりだ」
実際、どうだろうか? ガヌがアランの話を素直に聞いて、ガフィさんに会うとは思えないのだが……。
どちらにろ、俺が責任を負う必要はどこにもない。頑張ってくれ、アラン。
「じゃあ俺は、これに乗って戻るよ」
「俺たちはイレーヌを送ってから帰るとするか」
「ちょいとお待ちよ! アタイはどこに泊まれば良いのさ?」
「私の所に来ますか? 他はミラとル・リスラだけですし、狭くはないはずです」
俺はイレーヌさんの提案を聞いて直ぐに、ライアンに視線を飛す。ライアンは一度首を捻り、難しい表情をした直後に頷いた。
「ここでの話には触れないよう、ガヌを出しに使った話だけをミラに聞かせてやるといい。ミラの性格からして、兄さんへ食って掛かることだろう」
「平気なのかい?」
「当事者のあんたが何を心配してんだ? それくらいの権利は十分にある、安心しろ。イレーヌ、ガフィのフォローをしてやってくれ」
「はい、お師匠様!」
ライアンも師匠のやり方には腹に据えかねるものがあるのだろう。ミラさんを師匠にぶつけるという、結構手荒な方法を選ぶ。
まあ、良い薬にはなりそうだが……下手をすると、今夜中に師匠たちの小屋に乗り込みそうな、そんな予感がある。




