第百九十九話
「おいおいおいおい! 折角の戦車を食べさせてしまって良いのか?」
「いや『収納』しただけだから。相棒、見せてあげて」
『収納』したばかリの戦車が再び現れると、すぐに消える。相棒はアランとイレーヌさんが解るようにと元の位置に放出してから、もう一度呑み込んだのだ。
「なんと便利な。これだからユニークスキル持ちは……」
「お兄ちゃん、呆けている場合ではありません。作戦に取り掛からないと」
「あ、ああ、そうだった」
イレーヌさんがバスケットの中から黒っぽい布を取り出し、アランに手渡す。
二人はその布を纏う。布はどうやらローブであったようだ。
黒っぽいローブから見えるのは、顔半分を覆う仮面のみ。
如何にも怪しく、夜闇に紛れるその姿は少々恐ろしくもある。こちらにも幽霊という概念があるのか疑問だが、無くても十分怖いと思う。
「カットスは僕の横に居てくれ。イレーヌ」
アランの指示にコクリと頷いたイレーヌさんは、小屋の扉を軽く二回ノック。
「誰か?」
閉じられたままの扉の先からは、当然のように誰何の声が返ってくる。
「お食事をお持ちしました」
「今開ける。少し扉から離れてくれ」
これらの小屋は農具などを収める納屋の役目を担うため、扉は外に大きく開く。勢いよく開くと、外で待機する者に当たってしまうのは道理だ。
ガタガタと小屋の内部で音がするのを聞きつつ、待つ。
「カットス、どうした?」
「……立ちっ放しは辛い」
ただ立って待っているだけなのだが、脂汗が滲み出てくる。
地ベタだろうが関係なく、すぐにでも座り込みたい。だが、それでは護衛の役目を放棄することになる。
しかし気持ちとは裏腹に、目の前が夜の闇よりも猶暗く染まっていく。典型的な貧血だった。
今の俺ならば、朝礼でぶっ倒れるヤツの気持ちがよくわかる。
「ニィ!」
「ぁぁ、すまない相棒。そのまま、少し支えていて」
「中に入りさえすれば、座っても構わない。もう少しだけ耐えてくれ?」
隣に居る俺がふらりと揺れたのに気付いたのだろう、アランが声を掛けてくれた。俺がこんなだからなのか、アランは開かない扉にやきもきしている様子だ。
――キィィィ
「悪い、片付けに手間取った!」
俺はようやく開いた扉の音と出てきた者の声に反応し、俯いていた顔を上げた。
げぇ!
弱っているからこそ、声に出なかった。いや、この場合は声に出なくて良かった。
「お二人は?」
「問題ない。それより約束は守れよ?」
「ああ、弟さんと会えるよう取り計らおう」
小屋の中から現れたのはガフィさん。ガヌの実姉であるガフィさんだった。
そして、アランとガフィさんの間で交わされる声を抑えた会話は、当然隣に居る俺の耳にも届く。
その内容が酷すぎた。
ライアンめ、何が緊急避難だ! いや、企てたのは師匠か?
ガフィさんの協力を得るために、ガヌの身を隠しただけじゃないか! 怒りのあまり頭に血が上り、怠さが一気に吹き飛んだ。
ガヌも本気でガフィさんを嫌っている訳じゃないとしても、ガヌの気持ちを蔑ろにするやり方には賛同できない。これはあとで師匠に抗議する必要がある。絶対に、だ!
「で? アタイの飯もあるのかい?」
「ええ、勿論。多めに作ってありますので」
「あんた、ワイバーンと死闘を繰り広げたんだって? まあいい、入んな!」
死闘?
確かに俺は死に掛けたけど、戦ったとは正直言い難い。防御し損なって、自爆したにようなものだ。
あれを死闘と呼ぶには些か問題だろう。
真っ当に戦ったライアンとシギュルー、それと相棒に失礼だ。
ガフィさんにそう言ってやりたいが、今は止そう。アランの邪魔になる。
◆
借り受けた小屋の中には何もなかった。
テーブルや椅子など望むべくもないのは、ここが出来たばかりの開拓村だからであろう。唐突に訪れた余所者に貸し与えられる余裕などないのは当然だ。
だからこそ、開拓団が私たちに食事を用意してくれていることに感謝する。
テーブルの代わりに床に布を敷いただけというのは、かなり貧相ではあるがね。
「お食事をお持ちしました」
食事を届けに来た開拓団員は黒いローブに身を包んだ仮面の男女と、その後方に位置する魔王と呼ばれる冒険者。察するに彼は、仮面の男女の護衛なのだろうな。
しかし大仰なものだ。武装解除された私とリグダールでは、ガフィ一人だけで十分に制圧できてしまうだろうに、魔王まで追加されるとは……。
それほどまでに、私たちは信用されていないということだろう。それもミレイユが行ったことを考えれば、道理ではあるか。
「何だ、この柔らかなパンは?」
「この茶色いの、うめえな! ワイバーンか? ワイバーンなのか?」
「……」
開拓団が用意した食事に驚きを隠せない。
茶色い何かに包まれた旨味の強い肉に、手で持つだけで変形する柔らかなパン。そのパンの横に添えられた塩気を感じる白っぽい何か。
「(おい、バターまで用意したのかよ?)」
どれも贅沢品なのだろう。魔王が仮面の男に語り掛けている。
バターとは、この白いもののことだろうか?
私が疑問を抱いている間に、最初木皿に七枚あったはずの肉は残り一枚。一人に一個与えられたパンは、私の前に半分が鎮座するのみでガフィとリグは既に食べ終えていた。
黙々と食べ進む二人に食い尽くされる前に、急いで最期の肉を確保せねば!
「旨かった!」
「このように上等な食事を提供していただき、感謝します」
空になった皿を片付ける仮面の女と、それを見守る男に礼を述べた。ガフィは正直な感想を述べたものだが、リグは目を閉じて食事の味わいを反芻しているようだ。
「んじゃ、アタイは外に居るよ」
「はい、外はお任せします。お兄ちゃんの出番ですよ」
食休みも取らず、徐にガフィが立ち上がると仮面の女に一言掛けた。
仮面の女は、仮面の男を前に押し出しながら妙なことを口走った。
仮面の男の出番とは何か? 私は疑問に首を傾げた。
「お久しぶりです」
仮面の男の声。
小屋に入って以来、初めて耳にするはずのその声には聞きお覚えがあった。否、私が忘れるはずもない。
そして男はゆっくりと仮面を外す。




