第十九話
「宿に来るなんて珍しいですね、師匠」
「君も依頼後で時間もできたようだしね。打ち合わせに来たんだ」
「打ち合わせですか?」
「そう、前に僕の出した課題もクリアできたでしょ。だから、そろそろね」
「そろそろ?」
「皇帝陛下との謁見が近いうちに叶いそうなのさ」
ちょっと意味が分からない。
俺はヘルド王国に召喚され、処刑されるところを逃げ出してきたという経緯がある。だからこそ、王とかそこら辺には関りを持ちたくはないのだが。
「ええっと、どういうことでしょう?」
「僕らは逃げてきたよね? 追手が掛かる可能性は限りなく低いのだけど、無いとは言い切れない。だから、正式に皇帝陛下の庇護下に入る必要があるんだ」
「でも、実際に追手が掛からないからこんな所で暮らしていたのでは?」
「うん、そうなんだけどさ。ラングリンゲ帝国は犯罪者ではないにしても、厄介の種である僕たちを放置しておく理由はない訳だ。
で、僕の方に先日帝都から使者が訪れてさ。形式だけでも構わないから、皇帝陛下との謁見をと申し出て来てね」
「一応、顔合わせをしておく必要があると」
「そういうことだね。もしヘルド王国から何か言ってきても、ラングリンゲ帝国が蹴散らしてくれる。僕らの方にはメリットしかないからさ、その要請を受けることにしたんだよ」
「俺のスキルは厄介ですよ。初見で理解が得られるとは思えませんが」
「帝都で君はもう噂の渦中にある、手遅れだよ、魔王様」
「まじで?」
このノルデの町からラングリンゲ国内にあるけど、帝都からはかなりの距離があると聞いている。簡易な地図が冒険者ギルドに貼りだされていて、それでも確認はしている。
遠征と言っても帝都付近に出向くことはなく、遠くても5つほど先の開拓村近隣が関の山という感じで仕事をしていたつもりだ。
仕事だって選り好みしている。未知の討伐対象を選び、相棒の能力向上を目指している。自分で言うのも何だが、噂などされる覚えはない。
「使者が訪れた時点でこちらの事情はほぼ察していたよ。無論、君のこともね」
「断ることは無理そうですね。わかりました、冒険者ギルドの方にもしばらくは休暇にすると伝えておきます」
「ああ、そのことだけど問題はないよ。冒険者ギルドは国を跨ぐ組織だけどね、国と無関係ということもないんだ。調整は帝国の方でやってくれるそうだよ。
予定としては一月後に謁見という流れかな。移動手段などもあちらが準備してくれるそうだからね。
ノルデを発つのは10日後の予定だから、そのように準備しておいてほしいな」
「わかりました」
旅支度といっても特にやることはない。ああ、武具屋には顔を出す必要があるか。
ドラゴン素材の試作がそろそろ完成するらしいからな。
「魔王さん、帝都に行くんでしょ。お土産よろしくね」
「お土産はこの間、おかみさんと二人にあげたろう?」
「ああ、うん。凄い助かってる! お母さんも大喜びで、お父さんもかな」
おかみさんの機嫌が良く小遣いが増えたとか、親父さんは言ってたっけ。どちらにしろ、お土産を喜んでくれるというのは嬉しいものだ。高級スライム化粧品、様様だぜ。
「待ってたぜ、魔王様。おい、アレ持ってきてくれ」
「これは弓?」
「だが、ただの弓じゃねえ強弓だ。儂らみたいなドワーフなら引けるが、人間には難しいだろうなあ」
「どうなんだろ、相棒なら問題ないと思うけど。相棒、ちょいと試してみようか」
相棒に新作の弓を引かせてみる。まぁ、問題はないと思うのだけど一応ね。
人の手の形をした触手で弓を持ち、もう一方で弦を引く。
「試し撃ちしてみたいな。矢は?」
「矢はルーディーのところが充実してるぜ。細々した消耗品はうちではどうしてもな」
ルーディーというのは道具屋の爺さんのことだ。あそこは息子さん夫婦と同居で仕事を分担しているんだったかな。
「わかったよ。他には?」
「作ってはみたが、どうだろうな? おい。母ちゃん!」
「え? これ?」
「ドラゴンの角の先端を使ったんだが。見たまんま騎士槍だ」
「俺や相棒には向きませんね。どう?」
馬に騎乗するでもない俺には無用なものだ。普通の槍よりも重いし、使いようがない。
「おっと魔王様の相棒はお気に召したみたいだぜ?」
「俺、馬なんか乗れないぞ。相棒」
相棒は何故か俺の頭を撫でているが、俺には理解が追い付いていない。何がしたいんだ、こいつは。
「よくわかりませんが、これもいただきましょう」
「前に試作分ももらってるからな、遠慮なく持って行ってくれや」
そういや代金はもう支払ってあったんだったな。しかし、騎士槍なんてどうするつもりなんだ?
次は強弓の矢を購入だ。
「爺さん、矢ほしいんだけど」
「弓はどんなもんだ?」
「これ」
「ドラゴン軟骨の弓か、あいつが自慢していたヤツじゃないか。すげー硬いけど、引けるよな、魔王だし」
「試射したいけど、矢がなくて困ってるんですよ」
俺は勿論のこと、相棒も弓矢という武器の選択肢は初めてのことだった。今まで大盾2つに小盾が1つ、剣が2本と鉞が1本、あとは素手だったのだ。
ああ、俺は当然使えないよ。当たらないもの。
「この弓に一般的な木の矢っつうのもな。ちょいと待ってろ、倉庫漁ってくるからよ」
「あれ、魔王さんじゃん。お爺ちゃんに用? お婆ちゃーん、お爺ちゃんは?」
「大丈夫だよ、今、倉庫を探してもらってるんだ」
この子はルーディーさんのお孫さんで、ギリアちゃんだったはず。道具屋には頻繁に顔を出さないので、うろ覚えなのだ。
「この弓、凄いね! 大きいのに綺麗な造り」
「その弓に合う矢を調達しようと、ここに来たんだよ」
「ギリア、帰っていたのか? 魔王の邪魔すんなよ」
「見てるだけだもん」
「で、これなんだが見てわかる通り、鉄製だ。うちの在庫で50はある、どうする?」
強弓の矢として鉄製の矢か。どうなんだろ?
「相棒やい、どう?」
相棒は頭を撫でてくれた。ということは、買えということだろう。
「あるだけもらいます。軽く外で試し撃ちもしたいので、何本かそのままで」
「矢筒も付ける。この矢、重いからな専用のがあるんだ」
「じゃあ、それもお願いします」
俺の頭を撫で続ける相棒だけど、矢筒なんか必要ないと思うんだ。だって『収納』があるんだよ。
代金を支払って、店を出た。




