第百九十八話
「本調子じゃないところ、悪いな」
「確かに本調子ではないけど、リハビリだと思えば良いさ」
「今夜、カットスには僕たちの護衛という役割を担ってもらいたい。実際には必要ないと思うのだけど、相手を威圧するためには絶対に欠かせない存在なんだ」
「勇者様、お兄ちゃんが無理を言って申し訳ありません」
アランの後ろで、ただ突っ立って居れば良いらしい。
なんと簡単な役割だろう? 今の、万全でない俺でも十分にこなせそうな仕事であるようだ。
しかし、あまりにも急な話である。そしてアランは何か思うところがある様子。
「妹には魔術師の素質があるのだけど、僕の稼ぎだけじゃ食っていくのが精一杯で、三流魔術師にすら弟子入りさせてやるだけの余裕などなかったんだ。
だけど、この開拓団なら超一流の魔術師に弟子入りさせられる。撲殺ヒーローアグニに師事する子供たちを観て、僕はそう思ったんだよ」
「で?」
「妹がホーギュエル伯爵に弟子入りするための対価として、今回の根回しは是非とも成功させたいんだ」
ああ、なるほどね。俺にも十分に理解できた。
アランはイレーヌさんの弟子入り餌に、師匠に良いように使われている訳だ。
ライアンは勧誘工作と言ったけど、アランは根回しと言った。
師匠は保険を掛けるつもりで、アランを利用したのだと思われる。
「上手くいけば、妹は君の妹弟子になるんだ。よろしく頼むよ!」
「よろしくお願いします」
哀れだった。
アランは特に妹のこととなると、自制が利かないところがあるからな。
師匠もそこに付け入る隙を見つけたのだろう。やり方が実に汚い!
「移動しながら手順を説明するよ」
「あ、ちょっと待ってくれ。裏に戦車が置いてある。あれを使おう」
俺自身、歩くのが思ったよりも辛かった。
そこで、ライアンとガヌがチーズを運んで来た戦車が裏庭に放置されているのを思い出す。
ミートは連れ去られてしまったが、相棒の触手は今や二本あるのだから利用できなくはない。戦車の座席は二人乗りだけど、詰めれば三人座れなくもないだろう。
◇
「乗るのは初めてだけどさ。不思議な感じがするね」
「いや、まあ、相棒が漕いでいるからな」
結局座席には俺とアランが座り、イレーヌさんは荷台に乗りこんだ。
荷台に据え付けられた箱の中身は見ていない。敢えて見ていない。正直、見たくない。
また、相棒は夜の闇に溶け込むようにスライムの触手を用いている。だから、馬のない戦車が自ら進んでいるように見えてしまう。アランが不思議と表現する意味も分かるというもの。
何より、村の中に街灯やそれに類するものはない。月明かりのない夜に出歩く者は個人でランプを携帯していることが多いと聞く。
ただ、今日は満月に近い。月もそれなりの明るさがあるため、俺がドケチ魔術を使う必要はなかった。ドケチ魔術はランプよりも遥かに暗いので意味は無いに等しいが……。
「このまま真っ直ぐ進んでほしい。では、今の内に手順を説明する。
まず、僕と妹が目標に食事を持ち寄る。食事は妹の持つバスケットに入っている。カットスが先日作ったクリームコロッケに似せた料理を、ミラさんと妹で作りあげたという話だ」
ああ、だからミラさんが俺の所へ来るのが遅くなったのね。
ミラさんを待つ間に俺とガヌとで、あの大きなチーズの四分の一カットを消費したのは、仕方のないことだと思おう。
「真似したって、蜘蛛を捕まえたの?」
「いえ、ワイバーンのお肉を油で揚げてみたんです」
ミラさんとイレーヌさんは俺が蜘蛛クリームコロッケを作る様を、後ろで眺めていたはずだから作れなくはないだろう。ミラさんは揚げ物を初めて見たと聞いたけど。
でも、それってカツじゃね? マジで?
ワイバーンの脂はそれ自体がかなりの旨味を持っていた。恐らくラードを越えていると思う程に。
ワイバーン肉をワイバーン脂で揚げるとか、何たる贅沢!
「それと、タロシェルにパンを焼いてもらった。あの柔らかいパンだ」
「……まさか、食い物で釣る気か?」
「ああ、それもある」
明日の朝にはちょっと重すぎるから、昼にミラさんに作ってもらおうかな?
別にお粥に飽きたわけじゃない。そろそろお肉を食べられるだけの食欲もあると思うのだ。
「ところで目標って?」
「僕の所属していた騎士団の小隊長と部下だ。
キャラバンの到着後、宿泊する小屋を割り振る際にホーギュエル伯爵が細工してくれた。今は監視が一名ついた状態で、他のムリア騎士とは連絡が取れないよう孤立させてある」
非常に手が込んでいる。
いいや、師匠がやることなのだから当然か。
「見えました、あの小屋です!」
「ここからは歩いて向かおう。この戦車も開拓団の、勇者の知識から生まれた代物だ。見られたらマズい」
「ああ、大丈夫。小屋の手前まで乗り付けて平気だよ。てか、俺が歩きたくない」
俺は病み上がりどころか、病んでいる最中なのだ。無理は言わせてもらうぞ。
「いいのか?」
「大丈夫、大丈夫。『収納』しちゃうから」
「「?」」
アランもイレーヌさんも、相棒が多くの能力を失っていた時に開拓団に加わっている。そのため、相棒の『収納』を目撃したことがない。
それに俺が口で説明するよりも、実際に見た方が早い。というか、説明するのが単に面倒だった。
相棒も俺の言いたいことを理解していて減速することなく、小屋の出入り口付近まで戦車を進めた。
「じゃあ、降りよう」
「二人とも忘れ物はないな? よし相棒、戦車を『収納』しちゃおうか」
「ニィ!」
今夜はスライムの触手で見えにくいけど、大きく広がった触手が上から覆いかぶさるように戦車を呑み込んだ。
「「ッ!?」」
息を飲むというのは、こういうことを言うのだろうな。
俺はアランとイレーヌさんが驚き、声を失っている姿を他人事のように見つめていた。




