第百九十四話
ガランゴロンと大きな音を立てながら、剣やら盾が触手の中から次々に現れる。
「おおおおお! そういや相棒、昨日……きのう? 俺に何かを訴えていたような。後回しにして、すまんかった」
待ちに待った『収納』が復活した! のだが、『収納』が復活するにはタイミング的にかなり早いように思える。何か切欠のようなものがあるとすれば……あのワイバーンとの戦闘か?
俺は首を傾げながら、相棒に手渡されたステータスプレートに目を落す。
以前確認した時には、汎用スキル『通訳』とユニークスキル『触手』以外の項目の文字は掠れてしまっており、無効となっていたはずだ。
しかし今は『捕食』『融合』『収納』の文字がはっきり記されている。これは有効となっている証だろう。
そして『びぃむI、V、A、O』の内、『I』『V』は掠れたままであるのだが、『A』『O』の文字が有効に変化している。
しかもどうやら、『A』『O』は『I』『V』に比べると血の消費が少なくて済むと考えられる。燃費が良いというのは、出力に差があるのかもしれないが。
尚、『分岐』『射程』『譲渡』の文字は依然として掠れたままであり、無効なようである。
「これは! カットス君の古い鎧や武器だね。ということは、資材や食料も?」
「まあ、そういうことでしょう」
相棒の変化を目の当たりにした師匠の表情には喜色が浮かぶ。
そりゃそうだ。相棒に『収納』されたまま、半ば諦めていた多くの資材が再び手元に戻ったことになる。
フリグレーデンで買い足した資材と併せれば、約二倍の資材を有しているとも言える。開拓地での陣地構築が一層捗ることになるだろう。
武具を排出し終えた相棒が今度は、武具類から距離をとった。
そして――
「――うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……あ?」
左の触手の先から何も身に着けていない素っ裸の男が現れる。彼は、そのまま床に落ちると仰向けに転がった。
「なっ!?」
「誰?」
「は、裸!?」
師匠、ミラさん、リスラは三者三様に驚きの声を上げた。
俺も一瞬何かとベッドの上で身構える。しかし、現れた男の顔には見覚えがあり、直ちに冷静さを取り戻せた。
フリグレーデンの防風林前での野盗の襲撃の折、開拓団の馬車列最後方での戦闘にて指揮を執っていた野盗の男であったからだ。
「……こ、ここは? あいつは、あの化けも……のおおぉぉぉ!!」
男は暫し放心の後、自身が置かれている状況の把握に努めようとする。しかし、彼が最初に目にしたのは残念ながら相棒の触手であったようで、悲鳴を巻き散らした。
「ニィィィィッ!」
「ヒッ! お、お、お、お助け、を」
相棒の二本の触手の先端よりピンク色に光る騎士槍のような何かが伸びる。
それと同時に『びぃむ』の充填完了を表すドーナツ状の魔法円が、全体に緑色を讃えた状態で浮かび上がった。
「おお! 見ようによっては確かにAに見えなくはない。なるほど、これが『びぃむA』か」
「なるほど、じゃないわよ! 何なのあの裸の男は?」
「ミラさんが怪我をしたあの日、馬車列後方の戦闘で相棒に生きたまま『収納』した野盗の指揮官です。まだ四十人くらい『収納』しているはずなんですが……っと、相棒殺すな。村長さんの家を血で汚すのは申し訳ないからな」
「ニィッ!」
「……」
男は相棒の発声に怯え、白目を剥いて後方にコテンと倒れ込んだ。
素っ裸故に垣間見える逸物は小さく縮こまり、皮の中に収納されていた。出来れば、見たいものではないのだが目に入ってしまうのだ。
「さすがに四十名を超えるとなると、村で収容するにも手に余るでしょう。首を刎ねるにしても、無関係なこの村の中で行うべきではないでしょうね」
「ニィィ?」
「相棒、その男は対応に困るから今一度『収納』しておいて」
「ニィッ!」
「……」
『びぃむA』と思しき光を引っ込めた触手が、男を上から覆いかぶさるように丸呑みにした。そうして彼は、再び生きたまま『収納』されてしまう。
その場に残されたのは謎の液体。特有のツンとする臭いが部屋中を漂う。
「気が進みませんが、お掃除しなくてはいけませんね。サリアにお願いしましょう」
「ダメよ、ル・リスラ。サリアはカットスの食事を用意しているのでしょう? 私と二人でやるのよ」
しれっと、サリアちゃんに汚物処理を頼もうとするリスラをミラさんが制止。二人して掃除道具を取りに部屋を出ていく。
俺としては掃除してもらえるなら、どちらでも構わないのだが。
「話は変わりますが……、あの黒いワイバーンはカットス君の取り分でしたね?」
「ああ、はい。ライアンの話では毒嚢が潰れているらしく、相棒の補給用にしようかと」
「この窓の外まで運んでありますので、それはお任せします。
ワイバーン討伐に関しては今のところ保留ですが、イラウからのキャラバンと帝国近衛白銀騎士団がこちらに辿り着くのは本日の夕方となる見込みです。そして最も問題となるのは、白銀騎士団が連れている客人となるでしょう」
「客人、ですか?」
「ええ。アラン君の元同僚二名と開拓団に賊を嗾けた首謀者ですね。開拓団に捕虜として引き渡したいという旨をミヒ・リナス氏から伝えられています。
しかしアラン君の話では『開拓団に友好的に接触して協力を仰ぐ』というのが目的だったはずなのですよ。それがどうして越権や独断専行をした人物の裁定を開拓団に委ねようなどと考えたのか? 自らに非があると認めたなら刎ねた首を差し出せば済む話なのです。むぅぅ、それとも何か別の目的が隠されているのか……」
アランから聞いた話では、少なくともアランの同僚や隊長さんは良い人らしい。それは師匠やダリ・ウルマム卿も評価していて、開拓団への勧誘を画策している。
問題は野盗集団を開拓団へ嗾けた人物。とある騎士団長であるという話だった。
ミラさんも厄介な客と言っていたが、実に厄介な客である。ワイバーンの巣の駆逐が終わってからにしてもらいたい。
「いずれにしろ、まずは向こうの話を聞いてみましょう。その上で、アラン君の元同僚をこちらに引き込む作戦を考えるとしましょうか」
師匠が唇の端を持ち上げニヤリと笑う。その笑い方、ライアンにそっくりですよ!
淡々と意見を述べる師匠は、ミラさんが怪我を負わされたことを恨んだりしないのだろうか? 如何に命の価値が軽い世とはいえ、身内にまである程度の諦めがあるとも考えにくい。
相棒の活躍のお陰で、ミラさんが無事であることもまた事実ではあるけれども。
「ご飯ですよー! 魔王様が好きな、大麦のミルク粥にしました」
「あぁ! サリアちゃん、そこ避けてくださいね」
「え、なんで? おしっこ臭い!」




