第百九十二話
イラウ冒険者ギルドが用立てたキャラバンとその護衛戦力を糾合した私たちは、帝国領旧都市国家テスモーラを出立した。
封鎖された街道を進むにあたり、白銀騎士団の威光が働いたのは言うまでもない。団長レウ・レル殿の口添え無くば、彼女が率いるキャラバンであれど通過許可を得ることは不可能であっただろう。
初めて彼女を見た時、私の全身を得も言われぬ衝撃が駆け抜けていった。
表現の難しい感覚であったのだが、それは何とも心地の良い痺れであったように思う。そして邂逅から数日経ったにも拘らず、今も腹の奥底に火照る何かを感じさせる。
「フェル、馬車の防衛を考えなくていいのは助かるよ」
「ああ、ガフィ。私はこれでも一応は騎士の端くれでな。防御には一日の長があると思いたい」
彼女は私とそう変わらぬ長身でありながらも、軽やかに体術を繰り出す。その勢いを全く殺すことなく、身の丈にも迫る変わった形の大剣を振う。人族では決して成し得ない、躍動感溢れる体術ありきの大剣術と言えるだろう。
今まさに魔物を仕留め終え、私へと親し気に声を掛けた獣人族の娘ガフィ。
言葉に詰まることなく返答できたことを、私は自分自身で褒めてやりたい。
「隊長殿、冒険者如きに気を許しすぎではありませんか?」
「私たちには急がねばならぬだけの理由がある。そのために協力して頂いているのだ。感謝こそすれ、疎む理由がどこにあろう?」
「そうですよ、ベリネッサ。私たちは一刻も早く開拓団に追い付き、慈悲を請わねばならぬ身の上。そのための戦力をお借りしているのですから」
「フンッ、陪臣風情が偉そうに」
「クラウディア殿はラウド将軍閣下の意向により、暫定での第三騎士団団長代行を任されている。今の貴殿の発言はラウド将軍閣下への越権及び侮辱とも見做されるがよいか?」
「ッ! ……失礼しました」
道理を弁えぬ発言をするのは第三騎士団所属のベリネッサ、ソーム準男爵家長女。
準男爵も騎士爵と同様に世襲貴族爵ではなく、一代貴族爵。騎士爵を叙爵した父君が更なる奮闘を示し、それが評価されたが故の陞爵であるのだろう。
いずれにしろ、私と同様に吹けば飛ぶような木端貴族であることに変わりはない。
また、ソーム準男爵家は王家の直臣ではあるが、デルヴァイム侯爵家の寄り子であるとクラウディア殿から聞かされている。所謂、派閥というやつで面倒極まりない。
最近になって知ったことだが、私はラウド将軍・ラウド子爵家の寄り子扱いとされているらしい。
ラウド将軍は公明正大を旨とする御仁であるため、私としては文句のつけようはない。見も知らぬ上級貴族の寄り子とされていないだけでも十分であった。
「急いで乗車しろ! 騎士団、冒険者各位は全周警戒! 空の監視も忘れるな!」
レウ・レル殿が声を張り上げた。
この街道の先にあるベルホルムスという村に、開拓団が逗留している可能性がある。それはテスモーラへの伝令役となった開拓団員から齎された情報である。
但しそれは、ベルホルムス村がワイバーンの餌場となり果てていなければ、の話だが。
私はテスモーラを出立する前日に、帝都で購入した中古馬車と荷車を手放した。
白銀騎士団には兵員輸送用のホバースケイルが牽く高速馬車が、糾合したキャラバンの馬車は新品同然の鉄製馬車であるため、高速移動に適さない私の中古馬車では足手纏いになると判断した。
テスモーラではバリスタの設置作業や改修作業用に馬車や荷車の需要が高まっており、予想外に高く売れたことは幸いであったろう。
その代わりに馬車を売った金で馬を一頭買い足した。キャラバンを警護するにあたり、脚となる馬があった方が良いと考えたからだ。
私とリグダールはその二頭の馬に騎乗している。
ラウド将軍とミロム殿は白銀騎士団の高速馬車に乗り、クラウディア殿を筆頭とする第三騎士団はキャラバンの鉄製馬車の荷台、荷物の上に護衛の冒険者共々乗り込んでいる。
ちなみに虜囚となっているミレイユは、白銀騎士団の高速馬車の隅に縛り付けられているとミロム殿より聞かされている。
「リグは馬の扱いが上手いな」
「いやぁ、この馬が賢いんですよ。馬を変えてみますか?」
リグダールは斥候役となることが多く、軽装が主である。使い慣れた弓さえ所持していれば、どこでも活躍できた。だが、私はそうもいかない。
今私が着用している装備品は、剣以外の全てが白銀騎士団からの借り物である。
見た目に重厚な金属鎧は非常に軽く、動きをほとんど阻害しない。中型の方盾も持ってみると予想以上に軽く、取り回しに難が無い。
金属の精製技術と鍛錬技術が、ムリア王国のそれとは隔絶したものであると実感できてしまう。
訊けば、最精鋭である白銀騎士団だからこその装備の品質であるのではないそうだ。これが軍の制式装備の一般的な品質であるという。
この最優とも言える装備品を扱うのは、戦闘技術に長けるエルフやハーフエルフが多数を占める。
デルヴァイム侯爵が抱える領軍で押し留められるものではない。このままでは、帝国軍がデルヴァイム領を蹂躙し尽くすことは避けられないだろう。
焦りばかりが募る。




