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第百九十一話

「……ふむ。しかし、いくら何でもアンデットはねえだろ?

 ほら! 心の臓は弱いけど動いているし、体温も低いけど一応はある。

 それに、あの治癒魔術が禁忌云々って話には、きっと何か裏があると思うんだわ。実際に俺は結構色んな場所に出向いてはいるけどよ。アンデットとやらにお目に掛かったことはこれまで一度たりとも無えんだわ。今回も、お前の相棒が何かしたと考えた方が無難だろ。

 あとな、ミラを救ってくれた大規模な儀式級魔法陣あったろ? 俺は古代魔術は門外漢だからさっぱり分からないが、兄さんには何か思うところがあるような気がする。村に戻ったら直接訊いてみると良い。それも恐らく関係しているんじゃねえかな?」


 シギュルーたちと別れた後、小高い丘を越えた辺りで俺の目は村を遠景に捉えた。

 ライアンのみが質問攻めにされているのは不公平だと言い出し、俺は右上腕が再生した事実を思い切って打ち明けることにした。相棒の反応が芳しくなく、俺個人で延々と悩んでいても埒が明かないからこそ、という意味も含まれるが。


 そうした覚悟の後に打ち明けた事実に、いきなり俺の胸に手を当てたライアンは何ともあっさりとした回答を寄こした。

 確かに、普段よりもかなり小さいが鼓動はある。両手の指先など末端部分はやたらと冷たいけど、それ以外の箇所は電子体温計がギリギリ反応しそうな温度は感じられる。

 そして、師匠が何かを知っている可能性が示唆されたことは何よりも重要だった。

 まあ、何をするにも村に戻ってからとなる。


「お互い、体力を回復させるのが先決だ。それで、今気づいたんだが……俺も怒られるとは思うんだが、お前はミラに相当絞られることになると思うぞ? その革鎧の欠損と血塗れ具合からしてな」


 そう、間違いなく怒られる。いや、逆鱗に触れるかも?

 だけど、血って水だけじゃ簡単に落ちないんだ。それにドケチ魔術ですら行使する余力は、今の俺にはない。

 ライアンの肉獲得案に、よく考えもせずに乗った俺に反論の余地などない。最早、共犯と言っても差し支えない。

 ん? ちょっと待て。

 ミラさんはライアンが自身の叔父であることを知らない。

 と、なると主犯が俺であると捉えられかねない。だが、こんな下らないことでライアンの正体をバラしてしまうのは違うと思う。……仕方ない、諦めて覚悟を決めよう。


「ニィニ! ニィニ! ニィニ! ニィニ!」


「どうした相棒、随分とご機嫌だな」


「ニッ!」


 ミートの歩みに合わせ、両の触手が交互に地面を掻く。

 相棒は何か俺に話し掛けてきているように思える。

 だが、俺の体力は風前の灯火だった。


「もう村に着く。一晩ぐっすり眠って、明日なら相手にしてやるぞ」


「ニィィィィィ、ニッ!」


 右隣を見れば、ライアンは寝息を立てていた。

 おおぅ、それは良い手だ! 俺も眠ってしまおう。

 少なくとも、今日これから怒られることは回避できるかもしれない。

 

 出来れば横になって眠りたいところだが、俺の左隣にはワイバーンの鋭い爪が突き刺さったままの盾が鎮座していて、そういう訳にもいかない。

 ワイバーンの爪は、相棒に叩きのめされた拍子に剥がれたようである。そう、生爪を剥がしたようで、盾の表側にはワイバーンのものと思われる血痕が幾つかある。非常に痛々しい状態なので、俺は直視しないように心掛けている。

 そして早くも、この謎金属の盾はダメにしてしまった。

 しかも盾の予備は存在しない。今後どうしたものかと、頭を悩ませる多くの問題の内の一つとなっている。


「ヒヒッ!」


「ニィッ!」


 俯き考えこんでいた俺は、ミートと相棒の声で顔を上げる。

 俺の目に飛び込んできたのは、村を囲う薬草の群生地だった。

 マズいぞ! 今から本格的に眠るのは非常に困難だ。もう、こうなったら狸寝入りを決め込むしか手は残っていない!

 一度は上げた顔を再び伏せ、俺は眠る……振りをした。



「おかえりなさい。おや? 勇者様は居眠りですかな……ッ!

 タルボッ、お前は馬を引き入れろ。私は急ぎ開拓団の代表者を呼びに行く!」


「はい、直ちに」


 ベルホルムス村の出入り口となる門は、旧都市国家テスモーラへと続く街道がある南側のみ。

 その門を守る自警団員の二人は、俺とライアンの乗る戦車を迎え入れると慌ただしく動き出した。

 どうも、俺が血塗れであることに気付いたらしい。


「どう、どう、どう、賢い馬だな、お前。勇者様を村まで連れ帰って偉いぞ」


 ヤバいな。このままだと寝たふりというよりも、死んだふりに近いかも?


「ちょっとカットス! 生きてるの!?」


「ミラ、少し待ちなさい! これだけの出血量、あまり動かしてはいけない」


 俺はミラさんに肩を掴まれては、首をガクンガクンと揺さぶられる。

 ミラさんや師匠に勘付かれないよう、薄目で左隣のライアンをコソッと見やると、ライアンの瞼がぴくぴくと動いているのが確認できた。


「ん、うんん。ん? やっと村に着いたのか?」


「ライアン、君もボロボロですが無事なのですね? それでカットス君のこの血は、何があったのです?」


「ワイバーンに襲われたけど、なんとか返り討ちにできた。それで魔王の兄ちゃんは大怪我を負ったみたいなんだ。傷はもう塞がってるんだけど、血がたくさん流れたみたいだから……」


 近くにミラさんが居るため、ライアンは子供の素振りをする。体躯が小さいので違和感は欠片もない。

 そして、腕鎧が吹き飛んだ部分に素肌が露出しないよう巻いていた血色の手拭を外しながら説明を始めた。

 どうやら、ライアン自身も俺が気絶しているものと勘違いしているらしい。

 俺は増々「寝たふりでした」と言えない状況に陥っていく。


「討ち取ったワイバーンと近くに居た獣は持って帰ってきたんだ。戦車の後ろに繋いであるよ」


「そんなのはどうでも良いのよ、ライアン君! カットスは無事なのね?」


「うん。血をたくさん失っているから気を失っているだけだと思う」


「……カットス君は小屋に運び込みましょう。相棒さん、お願いできますか?」


「ニィッ!」


「ブルゥゥゥ!」


 本当に良かった。

 誰も俺が狸寝入りしているとは気付いていないようだ。

 あぁ、黒いワイバーンは相棒の取り分なんだけど、その辺は大丈夫なんだろうか?

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