第百九十話
戦車はベルホルムス村に向け、ゆっくりと進んでいる。と思う。
俺は元から御者など出来ないし、ライアンも消耗があるので無理はさせられなかった。そのため、帰り道はミートに一任したのだ。
往路で薙ぎ倒した草々を目印に進めば、いずれ村に辿り着けるはずである。
但し、荷台の後ろにロープで繋がれた黒いワイバーンの風呂敷包みは結構な重量となってしまっていた。ミートを補助するため、相棒が太い触手で力を貸している。自転車の補助輪のようなものかな。
その上で、俺とライアンは情報交換をしている。
詳細な話は村に戻ってからにするつもりであったのだが、ライアンが倒したワイバーンの死体があまりにも不可解な状態であったため、俺が質問した形だ。
以前にも一度、シギュルーが倒した幼体のワイバーンを至近で見てはいる。ただ、今回はそれなりに観察する機会があったので、その姿を詳しく把握することが出来ている。
基本は爬虫類に似た姿で、トカゲの前脚が翼になっている。
後ろ脚が異常に発達していて、尻尾の先端には毒針がある。
野生のホバースケイルと異なるのは翼の長さとその形状。尚、軍馬に採用されているホバースケイルの尻尾に毒針は存在しない。
ホバースケイルの翼には関節が一カ所しかないのに対し、ワイバーンの翼の関節は二カ所ある。
ホバースケイルの翼では先端に爪が二本あるのに対し、ワイバーンは付け根から数えて二カ所目の関節に鳥の足のような爪が四本生え、翼の先端にも鋭い爪が一本生えている。
翼を腕として考えるとワイバーンの翼の骨格は異様に長い。鳥であるシギュルーと比べても、非常にバランスが悪いように思えた。
二番目の関節から翼の先端へと伸びているのは指なのではないか? とライアンは推察している。確かに指であれば、納得できるような気もする。
翼膜はホバースケイルと共通する。見た目は蝙蝠の翼膜によく似ている。
日本でも田舎だと、夕方から薄暗くなってくる時間帯によく見掛けた。夜に鳥は飛ばないから、見分けるのも簡単だったし。
蝙蝠の翼膜に触れたことはないのだけど、ワイバーンの翼膜は結構丈夫でロープで縛るくらいでは破けることはなかった。
ここで、ライアンが持ち寄ったワイバーンの死体の話に戻る。
一つは頭部と翼が生える肩の部分だけが無事な上半身。もう一つは首どころか翼すらない下半身だけのもの。
それと全体的に焼け焦げたサイに、サイの腹から出てきたワイバーンの頭部と短めな首。
ライアンを強襲する二頭のワイバーンの姿は、俺も目撃している。ただ、死体の状態からは、ライアンはどのように二頭のワイバーンを討伐したのか理解が及ばなかったのだ。
「いやぁ、切り札ってやつを使ったんだが……襲ってきたワイバーンの内の一頭が横着なヤツで助かったぜ。俺がぶん殴った獣に頭を突っ込んで肉を貪ってたんでな。しつこく俺を探すヤツを誘導して、手伝ってくれた蟲ごと纏めてドカンよ。
そこまでは上手くいったんだが、シギュルーが爆風を甘く見てた所為で煽られて墜落しそうになったんだ」
「墜落って、シギュルーに乗ってたのか?」
「ああ。俺にはその投槍は長すぎてな。地上から当てる自信がなかったんだ。だから、背中に落としてやったまでよ」
ああ、うん。そういうことなら、あの不可解な死体にも納得がいく。
ほぼ焼肉になって、出血もしてなかったもんな。
ただ、ライアンは切り札の内容を明かすつもりはないようだ。それが不明なままだと、スモールラビの謎が解けない。訊いて良いものなのか、迷う。
「あとな、結界の魔具は失敗だ。柄が短すぎて、爆発に呑み込まれて意味がない。かといって、柄をこれ以上長くすると運搬にしようが出ちまう。
スクロールはもう貼り付けちまったからどうしようもねえが、魔石は回収しとかないとな」
失敗したのなら仕方がない。それにこの戦車はあくまでも手投げロケット弾の運搬を目的に作られたものである。その横幅も手投げロケット弾の全長に合わせたものな訳だし、今から柄の長さを延ばしてしまうとこの戦車を再び改修しなければならなくなる。
その後、ライアンは荷台にある手投げロケット弾が収納されている箱の蓋を開けた。
「……うわぁ」
「あぁ、お前はこれが苦手だったな」
見なきゃ良かった。箱の中には、黒くテカる何かがしこたま収められていた。
その中にはカブトムシやクワガタムシの角に似たものも含まれてもいるが、大きさがおかしい。いや、こちらの基準だと妥当なのだろうが。
「クエッ!」
「ニィニ! ニィニ!」
「お肉、止まってくれ」
シギュルーが鳴いて、相棒が元気に答え、ライアンがミートに戦車を止めるように指示した。
「シギュルー、ここらが限界か?」
「キュ」
「薬が切れてそいつらの態度が変わるようなら、始末は任せる」
「キュゥ」
「お肉、いいぞ。出してくれ」
シギュルーも魔物である以上、魔物除けの薬草の匂いは苦手らしい。それは二匹のスモールラビも同様であったのだろう。
シギュルーの肩から降りたスモールラビは、シギュルーの両足一匹ずつが別れて掴まる。それの感触を確認したシギュルーは大空へ向け飛び立った。
「知りたそうな顔すなって、ちゃんと教えっから!」
「ライアンが嫌なら無理に訊くつもりはないよ」
「別に嫌なわけじゃねえんだ。存外に術の効果が不安定でな。原因を探る必要があるんだ」
ライアンは師匠のような見た目が派手な魔術を使うことが出来ないと聞く。その代わりに見た目こそ地味だけど、その効果がえげつない魔術や魔法を駆使することが出来るらしい。
俺が頻繁に目にしてきた、容姿を偽装する魔法もそこに該当する。他人に成りすましたり、姿そのものを消したりと、地味ではあっても効果は半端ないと評価できる。




