第百八十三話
結局、ベルホルムス村内に手投げロケット弾の試射を行える土地は無かった。
そこで俺とライアンはミートに戦車を牽かせ、村の外へと出ることを選ぶ。
無論、試射をするために村を出ること、遅くとも陽が沈む前には村へ戻ることはミラさんたちに伝えてきた。
そう、誰とどこへいつ帰るは伝えておかないとマズい。
小学生低学年の頃、母や教師たちに口が酸っぱくなるまで言い聞かされていた事柄は、組織行動に於いても同様に重要なのだ。
村を出た俺たちは、進路を東へと向けると風になる。草原を駆ける戦車は軽快そのもので、ミートもご機嫌だったことは言うまでもない。
道程では急制動や急旋回をする必要はなく、戦車が壊れるということもない。それ自体は順調そのものなのだが。
「村から結構離れたはずなのに、薬草の匂いがまだあるのな」
「ほぼ無風。それなのにこの距離でも有効とかどんだけだよ! あの薬草」
俺たちが現在居る場所は、村から真東に二キロメートルは進んだと思われる。遠景に村の家屋の屋根や煙突が観えてもいた。
だというのに、一向に薬草の匂いが途絶えないでいた。
「もうここで良いだろ? あの岩を的にしろよ」
「本当に適当だな、ライアン」
肥沃な土地なのか、それとも水が豊富なのか、その両方なのか不明だが辺り一帯は俺の腰をも超えて胸の辺りまで生い茂る草むら。
そんな草の高さを越える大岩がぽつんと視線の先、約二百メートルの位置に見えている。
「試射用の投槍は三本だ。まず最初に結界の魔具無しを。それから結界の魔具有りを試して効果を確認したい。樽に詰めるヤツは同じ量にしてくれよな」
「大体同じ量には収めるけど、多い方が良いのか?」
「そうだな、前に実験した時の最後のヤツが妥当だろう。あの位の規模でないと、実戦で役には立たないだろうからな」
あの時は空洞の氷玉を作り、その中に水素を満たすという複雑な工程があったため、俺は氷が融け出していると勘違いしてしまった。
だが、今回は既に槍には小樽が固定されている。そこへと水素を充填するだけで済む。小樽内部で水音がする程度に水素を充填するだけだ。
ドケチ魔術『H2』に込める魔力を一定とし、あとは時間を一定に保つことで同程度の水素量になるだろうか。
そうだ、そうしてみよう。
「先に三本とも充填しちまうわ。ちょっと待っててくれ」
「おう」
小樽には手持ち側に栓がある。槍の先端を下向きにして栓を引き抜き、栓は相棒に渡す。そして、小樽に右手を触れた状態でドケチ魔術『H2』を実行。
時折、左手に持つ槍を揺らしながら、小樽内の水音を聞き取るべく耳を澄ました。
感覚でしかないが、八秒といったところでチャプチャプと音がし始める。そのまま充填を続け、十二秒程でチャプンチャプンといった感じに変わったのでそこでドケチ魔術を停止し、固く栓をした。
うろ覚えだが、前もこの位の量だったと思うんだよな。
基準となる量を設定し終えたところで、残りの二本にも水素を充填する。
水素を充填した槍三本、そのの内二本ずつを両手に持ち重さを比較する。うん、概ね同じ重さである。
水素の充填を終えた小樽の刺さった投槍。投擲前に爆発物な穂の先端に着火石を嵌め込めば、手投げロケット弾は完成だ。
「できた! 最初は……石突に魔石が嵌ってない、コレだな。ほい、相棒! 目標はあの岩だ。ライアン、やるぞー?」
「ちょっと待て! お肉、大きな音がするが驚くなよ。良いぞ、やれ!」
「ニッニィ、ニッニィ、ニッニィ、ニッ!」
ああ、そうか。
ミートは先の実験の時にも馬車を牽いてくれてはいたが、注意喚起は必要だったか。
俺の背中、その左側から生える人の掌を持った触手が槍投げのモーションを繰り返す。どのタイミングで投げるかは相棒次第、お任せだ。
フッと風を切る音が聴こえた。次の瞬間には、手投げロケット弾が俺の視線の先に存在していた。
そして見事、大岩へと着弾。
――ド、ドオォォォォォォン!!
着弾すると穂先の爆発とほぼ同時に小樽内の水素が誘爆。
大岩は巨大な火球に包まれるが、爆風の発生により刹那の内に消失する。
と、同時に耳を劈くような爆音を辺り一帯に巻き散らした。
「うわ! 爆風、凄いな」
約二百メートルは離れていたというのに、その爆風の威力は俺が立っていられない程。耳も塞がないと鼓膜が破けてしまいそうだ。
「ん? 何だ……?」
びちゃり、と何かが頬に当たる。いや、雨のように上空から降ってきている。
右手で拭ってみれば、それは血のように黒く赤かった。
「――まさか、あれ岩じゃねえのか?」
「ライアン、確認しに行くか?」
「あ? ああ」
ミートが牽く戦車に乗り、岩があった辺りを目指す。
爆発の衝撃で舞い上がった砂塵やら何かが煙のように周囲を舞い、覆っていた。その中に鉄錆に似た臭いや、焼けた肉のジューシーな匂いも混じる。
「……どうやら草食の獣だったらしいな」
ライアンが呟く。
爆心地から少し離れた場所には、焼け爛れた肉片が転がっている。だが、その肉片の主が、元はどのような姿であったのかは不明なままだ。
「しまったー! 折角の肉が木っ端微塵だぁー!」
「そこかよ!」
ライアンは悔恨の言葉を叫ぶ。
岩だと思ってみれば、草食獣であったらしいのだ。このところ、蜘蛛以外に肉を食っていないのは俺も同じで、その気持ちは解らないでもないが……。
俺としては無残に命を散らせてしまったことを悔いていた。
最終的にはライアンの悔恨と似たようなものになるのだが、その肉には是非とも俺の糧となってもらいたかったのだ。
「少し遠出するか? 同じのが居るはずだ」
「でも、あまり大きいと戦車には載らないぞ?」
「こいつらの肉を村に提供すれば、ワイバーンの肉も解禁せざるを得なくなる。絶対数が足りないからな」
「せこいな、ライアン! でも嫌いじゃないぜ」
肉は食いたい。出来れば、旨い肉を!
口角を上げニヤリと笑うライアンの、その実にせこい計画に俺は乗った。しかも即答で。
それにしても、ライアンのいやらしい笑みを見るのは本当に久しぶりだ。




