第百八十一話
レウ・レル殿に協力を仰ぎ、イラウの衛兵詰所やフリグレーデン内にある衛兵指令部へ問い合わせいただいた。
しかしアランや従兵と思しき人物の情報は一切なく、その行方は杳として知れなかった。
私個人としては、もう少し情報収集のためにイラウに駐留することを認めていただきたい想いであったが、ラウド将軍以下の想いは他の処に在ることは明らかだった。
故に、開拓団を追い掛けることが優先された。
そうして私たちは早急に開拓団に接触すべく、その足取りを追ってきた。
但し、今現在はこのテスモーラという都市で足止めを食っている。
その大きな理由は開拓団からの警告に由るもの。ワイバーンの巣が、この都市から伸びる街道の近隣に存在する恐れがあるというものであった。
実際に都市の北側にある門は封鎖され、街中であろうとも市民の外出が制限されている。
既に設置されている外壁上のバリスタの間隙に、新たなバリスタを設置する動きも観られる。そして入念な点検と同時に、運用試験も行われているようだ。
都市や街に於いては、魔物の襲撃に対応するべく外壁がある。しかし、空を飛ぶ魔物に有効でないことは言うまでもない。
そこで小型・中型の鳥に似た魔物に対抗するべく、バリスタが外壁上に用意されているのは常識に等しい。それは何も帝国内に限った話ではない。
しかし、大型の魔物に該当するワイバーンやドラゴンに対して有効に作用するかどうかは甚だ疑問だ。過去に大型の魔物に襲撃された都市や街の悉くは滅んでいるからである。
仮に討伐が可能であったとしても、被るであろう損害は大きなものとなる。
復興にしても街を放棄し、新たに作り直す方が早い。どちらにしろ、滅びは免れない。
「使節殿、ギリアローグ殿」
「レウ・レル殿、如何いたした?」
「開拓団は封鎖された街道を進み、ベルホルムスという開拓村へ向かったことは確かです。開拓団の保有する戦力でならワイバーン程度どうとでもなりましょう。しかし、我々の現有戦力では如何ともしがたい」
確かに、あの魔王を擁する開拓団ならば問題にすらならないだろう。
噂でもドラゴンの番を単独で、短時間の内に仕留めた聞いたことがある。
だが、帝国の最精鋭と名高い白銀騎士団、その騎士団団長と一個小隊だけでは突破を図ることすら難しいのも頷ける。
ラウド将軍とミロム殿、私とリグダール、クラウディア殿と第三騎士団から預けられた数名を含めても、打開すること難しい。
「そこで、フリグレーデンから開拓団への荷を運ぶキャラバンとその護衛に話をつけました。危険であることは変わりませんが、彼らと糾合することでワイバーンにも対処することが出来るでしょう」
「いやいやいやいや、レウ・レル殿。キャラバンと共にするとなれば、荷を守るために頭数が割かれてしまうのでは?」
「私としても死にたくはありませんから、その辺は十分に考慮しています。キャラバンはイラウ冒険者ギルド主導でありまして、精鋭が投入されています。片耳ベガ、その娘を筆頭としているのです」
「……隻耳隻腕のベガ、あの傭兵の娘ですか。それならば確かに、腕は立つでしょうな」
片耳ベガ、隻耳隻腕のベガは有名な傭兵だ。
大陸に於ける数多の名立たる紛争を転戦する傭兵で、大陸中にその勇名を轟かせている。勿論、その名はムリア王国でも十二分に知れ渡っていた。
嘗ての利き腕である右腕と右耳を失いながらも、左腕一本で戦場を渡り歩く獣人族の女傭兵。退き際を誤らない歴戦の傭兵は、戦場でも長生きしている。
傭兵でありながらも、金額次第では商人や冒険者の護衛を務めることもあると聞く。
そんな片耳ベガの娘ともなれば、腕が立つというラウド将軍の評価にも十分に頷ける。ただ、ワイバーンは空を飛ぶ魔物だ。
どこまでその腕を信用して良いものか、疑問がない訳でもない。
「儂らの事情では迷うことも許されぬ。レウ・レル殿、キャラバンとの交渉はお任せしますぞ」
「ええ、お任せください。早急に出立するつもりではありますが、ワイバーン戦に備えた準備を整える必要もあります。本日を含め二日、お待ちいただきたい」
「儂らに選択の余地はありませぬ」
ラウド将軍の表情に影が差す。
事実、私たちに出来ることなど殆どないのだ。
ここはラングリンゲ帝国であり、私たちは不正に入国した犯罪者に近い。その上、勇者やその近しい者たちに危害を加えた極悪人一味でもある。
勇者の開拓団が盗賊の襲撃を受けたという噂は、この都市でも聞こえてくる。但し、ミレイユの策謀であることは知られていないようではあった。
もしそれが漏れているようであれば、ムリア騎士である我々が只で済むはずもないだろうが……。
「そちらも準備を怠りませぬよう、お願いします。では」
「ギリアローグ卿、聞いた通りである。各員に装備の点検、荷物の再確認を徹底するよう通達してほしい」
「了解です」
レウ・レル殿が立ち去ると、ラウド将軍からの指令が下る。
その口調は命令というよりも、お願いに近いのが気になるところだ。
副官であるミロム殿も傍に居らず、私の直属の上官でもないので距離感を計りかねているのやもしれない。
私としても今更、直属の上官である中隊長殿が目の前に現れても対応に困ってしまうのだが。
では改めて、私はリグダールとクラウディア殿の下に戻るとしよう。
 




