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第百七十八話

「カツトシ様があのような美味な料理をお作りになられるなど、酷い裏切りです!」


「お姫様、まだ言ってる」


「いやあ、まあ確かに美味かったからな」


「兄ちゃんの料理はおいしかった」


 日本で蜘蛛を食うのはゲテモノ扱いされそうだが、こちらでは誰も嫌がることなく食された。文化の違いと言えば、それまでだが。

 ガヌは尊敬の眼差しを俺へと向け、リスラは拗ねた。

 リスラ的には、俺は彼女と同等の調理能力しか持たないと考えていたらしい。

 蜘蛛クリームコロッケを食べた昨晩から、起床したばかりで朝食を待つ今もその態度は変わらない。


「で、何やってんだ?」


「一晩寝かしたからさ、生乳が分離してると思うんだ。生クリームとミルクに分けようと思って」


 昨晩使わずに余った生乳は小樽の約半分。

 固定している金具を取り除き、蓋を外して中身を見る。

 今、確認しているところだが、上澄みの生クリームはそれほどの量はない。

 一応、夏ということで子供たちにアイスクリームを作ってあげようかと考えていたのだが、圧倒的に足りていなかった。

 そこで当初の予定通り、ちょこっだけ取れた生クリームはバターにしてしまおうと思う。


「魔王さん、約束の木筒ダ」


「昨日の今日で、もう出来たんですね」


 どちらにしろバターは作るつもりでいたため、ロギンさんに昨晩木筒の製作を依頼しておいたのだ。普通の木筒と違い、上部の蓋が取り外せるよう作ってもらった。

 受け取った木筒に生クリームを掬っては注ぐ。最後に塩を少々いれて、固く蓋をした。


「相棒、こうやって振って。じゃあ、任せた」


「ニィ!」


 柔らかい返事の後、相棒は木筒をシャコシャコシャコシャコ振り始めた。

 塩を入れたのは腐敗防止のためだけど、それでも常温では三日と持たないので早めに使い切る必要がある。


「ライアン。パン焼くんだろ? 今作ってるバターで生地を練ると、三倍は旨くなるぞ」


「オイ、嘘だろ?」


「いや、マジで」


 前回試しに作った時はバターを作る余裕がなかったので、何かの種を絞った植物油で代用したのだ。

 小麦や酵母の香りに負けないバターが香るパンの方が旨いに決まっている。勿論それは、俺個人の意見でしかないが。


「ふわふわ?」


「おう、ふわふわだぞ! 固パンなんぞ食えるか」


 ブドウ酵母をライアンに託した俺が言うのも何だが、ライアンはもう少し硬い物を食って顎を鍛えた方が良いと思うんだ。ライアンは柔らかい食べ物をやたらと好むからな。


「そのバターってのはいつ出来るんだ?」


「音が変わったから、もう出来てるかもな。相棒、もういいよ」


 相棒から木筒を受け取り、蓋を外す。

 ホエーがそこそこ出てるけど、バターはちゃんと出来上がっていた。

 ホエーは料理に使うあてがないので、そのまま飲み干す。塩が利いててしょっぱいけど、昼間の作業で汗をかくから平気だろう。


「これがバターだよ。焼き上がったパンに塗るってのもアリだな」


「ちょっと味見。……ほぅ。こりゃ、そのままでもうめぇな」


「今回は少量だから良いけど、保存が利かないから使い切ってくれよ」


「なに? それじゃ、ガキ共を乳搾りに向かわせるのは無しだな」


「えーっ! 今日も兄ちゃんの料理食べたかったのに」


 毎晩、料理させられては堪らない。

 しかも、延々と蜘蛛クリームコロッケだけを作れというのは酷な話だ。そりゃ、蜘蛛は畑を探せば、捕まえられるだろうが……。


「タロシェル! パンを練るの手伝え。ガヌは乳でも飲んでろ」


「ふわふわ」


 ガヌは手にも毛が生えているから、パンを練るのには向かない。

 俺と一緒に生乳を温めに竈へ向かうのが適切だろうな。


「全員分はないけど、子供たちが飲む分は賄える。ガヌ、行くぞ」


「はーい」


 共用の煮炊き場に到着すると、ミラさんとイレーヌさんが忙しなく動き回っている。傍らにはサリアちゃんとミジェナちゃんが居て、手伝いをしているようだ。

 それというのも夕飯に限らず、俺たちの食事を作るのはミラさんとイレーヌさんの仕事。リスラには調理させられないので、起床後は俺たちの小屋に来て食卓を整えたり、掃除をしていた。


「おはよう、カットス。昨日のアレ、美味しかったわよ。作り方、ちゃんと見てれば良かったわ」


「ええ、とっても美味しかったです」


 言葉を紡ぎながらもミラさんたちの手足は止まらない。器用なものだ。

 料理は鍋ごと小屋へと運ぶので、出来た端から蓋をしてまとめてあった。

 俺とガヌは邪魔にならないように、空いていた竈で生乳を温めた。



「旨い飯も食ったし、仕事に掛かるぞ!」


「ほんとうにふわふわだった!」


「あのパンにもカツトシ様が……」


 リスラは愕然としていた。開いた口が塞がらないのか、大口を開けている。

 柔らかなパンの話は物見の時にライアンが口を滑らせてバレていたけども、リスラ自身が食べるのは初めて。

 しかしブドウ酵母の作成と維持は、もう俺の手を離れてライアンの担当になっている。俺はほぼ関わっていない。

 但し、今朝、バターを少量提供したが。


「あのなに柔らかなパンは革命的だ! 世界を手中に収められるだろう」


「大袈裟だぞ、アラン。ほら、仮面付け忘れてるし」


 大仰に演説でも始めそうなアランを制止ししたものの、どうしたものか?

 パンに関して革命的と言うなら、クロワッサンやディニッシュの方が俺には妥当と思われる。

 バターが大量にあればクロワッサンが、いや、生乳が手に入れ易いことを思えばディニッシュの方が良いかもな。層を重ねるのも怠いし、俺としてはディニッシュが理想的だ。

 もし作るとすれば、相棒の『収納』が復活してからになるだろうけど……。


「カットス、全く大袈裟じゃないわ。日持ちしないのは問題だけど、どこの国でも貴族たちには高く売れるわよ」


「異界の技術は素晴らしいのですね。流石です、勇者様」


 イレーヌさんにも褒められて悪い気はしないが、何とも釈然としない。

 あの傍迷惑極まりない兄貴の教えがこんな所で大活躍するとは、当の兄貴本人も信じられないんじゃないだろうか?

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