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第百七十二話

 俺たちに割り当てられた小屋の中には、本当に何もない。

 小屋を形どる壁以外に壁はなく、屋内の空間はたった一つだけ。食事等を煮炊きする竈は共用の物が屋根付きで外にあった。

 まあ、農地に隣接する立地に建てられているため、本来の役目は農機具を収納する納屋なのかもしれない。

 しかし壁で細かく仕切られていないのは、俺たちが川の字になって寝る分には都合が良い。寝転がる空間としては十分に足り、余るほどだ。


 それでも一つ問題を挙げるとすれば、風呂代わりの金盥を設置するには不都合だということ。

 小屋には灯り取りの窓はあるが、嵌め殺しのガラス窓であるために開閉できないときた。

 つまり、風呂を利用すると湿気が小屋の内部に篭ることとなる。

 出入口となる大きめの扉を開けたままでも、空気の入り口が一つだけでは換気もおぼつかない。

 そこで、最悪を想定して持ち込んだテントの出番となった。

 俺が使っているテントは骨組みが鉄製、蝋を引いた帆布で骨組みを覆うもの。蝋引きされた面を外側に向けることで、多少の雨にも耐えられる代物である。


 この蝋引きの帆布は最高級品なのだが、実は開拓団の馬車の幌にも用いられている。家畜運搬用の荷車も然りだ。

 師匠が帝都にて大店の商家と交渉し、開拓団の馬車の全てに行き渡るだけの数を準備した。

 帆布のものも水に強いのに、更に蝋が塗られているのだ。蜜蝋の需要過多具合を鑑みれば、最高級品として扱われていることも頷けるだろう。

 また、副次的にだが帆布の強度も少々上がる。野盗の襲撃時には、その効果もあって弓矢が容易に幌を貫くことを防いだ。

 規模の大小はどうあれ、何者かに襲撃されることは織り込み済みであったらしい。馬車の幌を値の張る蝋引きの帆布としたのは、そのためだと師匠が謙遜していたことを覚えている。


「よーし、お前たち! アランの言うことをよく聞いて風呂に入っておけ。俺と魔王は行くところがある」


「もうじき日も暮れる。風呂以外では小屋から出ちゃダメだぞ。あと、夕食はリスラが持ってきてくれる約束だから待っているように。アラン、後は頼んだ」


「作戦会議に出席するんだったな。……ライアン君に関してはもう聞くのは止そう」


 ここ最近。いや、あれ以来というべきか、サリアちゃんも自分勝手に動き回ることはなくなっている。保護者がアランだけでも、恐らく問題は起きないだろう。

 アランは、ミラさんを除く開拓団の主要メンバーが見た目が子供なライアンを重用していることに疑問を持っている。しかし、彼の思考は柔軟さも兼ね備えているらしく、今回は大人しく退いた。


「タロシェル! ガヌをちゃんと風呂に入れておけよ? 臭うからな」


「うん、わかった」


 ガヌは風呂嫌いだ。ただ、その気持ちは分からなくもない。

 きっと、全身の体毛が水を含むことが嫌なのだろう。

 吸水性の良いタオルやドライヤーでもあれば、多少改善するかもしれない。だが、何を作るにも開拓予定地についてからとなってしまうのが惜しい。

 俺はどちらにしてもタオルの織り方など知らないが……ドライヤーならライアンに作らせることは可能だと思われる。

 それには少なくとも金属を加工するために炉が必要となる。炉の材料は開拓団の資材としてフリグレーデンで一括購入しているが、現地に到着しないと手の施しようがなかった。


「じゃ、行ってきます」


「おい魔王、酒場ってどこだ?」


「俺が知る訳ないだろ。だから、住民に訊く」


 村内を移動するだけなので見送りは早々に切り上げられた。振り返って見れば、テントの前では子供たちによる風呂の順番争いが勃発していた。

 早速荒れているが、あの程度なら大丈夫だろう。



「ここか?」


「たぶん」


「完全に民家じゃねえか! 看板も無ぇのに分かる訳ねえだろっ」


 俺とライアンは大して広くもない村内を一時間ほど彷徨った挙句、やっとのことで目的地に辿り着いた。小屋から出て直ぐに村民に道を教えてもらったというのに、である。完全に迷子と化していた。


「やっとお出ましか、婿殿」


「ああ」


「方針はほぼ決まった。私が簡単に説明する間、勇者殿と婿殿は食事を摂りながら聞いておれば良い」


 俺とライアンを朗らかな笑顔で迎えるダリ・ウルマム卿。

 ただ、やはり遅刻した事実は大きかったらしく、話し合いは既に終わっていた。集まっていた面子の大半は酒杯を交わし、親交を深め合っている最中であった。


「まずは巣の位置を特定せねばならぬ。偵察には私の部下を用いる。

 巣の位置が特定出来次第、最高戦力をにて駆逐へ赴く。但し、薬草の効果が怒りで理性を失った魔物に効果があるか不明であるため、村には防衛と迎撃を主とする戦力は残す」


「「最高戦力?」」


「うむ。開拓団の誇る最高戦力とは勇者殿とライス殿。アグニ殿は空中戦力を相手取るには不足するのでな、防衛に廻っていただく」


 相棒は触手が一本増えたとはいえ、以前と比較すれば弱体化したまま。ステータスプレートの『びぃむ』も未だ掠れた状態で、回復する見込みはあるとしても圧倒的に血が足りていない。

 そんな状況で使えそうな武器は、あの手投げロケット弾くらいなもの。それにしたって、俺個人が複数本持ち歩けるものでもない。

 第一、あれはまだ未完成だ。


「勇者殿が本調子でないことは重々承知しておる。だが、この機を逃せば奴らを駆逐するチャンスを逃すことになりかねん。雨期が来る前に何としても決着せねばならぬのだ」


「バリスタは持っていけねえから迎撃専用か。開発段階の投槍の数は揃えても、持ち出せないとなると……。斥候を放っている間に馬車を改良するか?」


 鉄製馬車の屋上に据え付けられたバリスタは、固定砲台としての役目を担う。

 何より問題となるのは、鉄製木製を問わずに馬車は草原を走るようには造られていない。あくまで、整備された街道を走るように造られているのだ。

 勿論多少であれば走破できなくもないが、車輪や躯体の寿命が縮むのは避けられないだろう。

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