第十六話
「おい、相棒やい。新しい触手は?」
返事として相棒は俺の頬を2本の触手で挟み込んだ。今までこんなアクションはなかったじゃないか! 意味が分からないよ。
「あんだけ食ったのに、まだダメなの?」
今度は俺の頭を軽く撫でた。あぁ、そういうことね。
とんでもない数のスライムを食い尽くしたというか、吸い尽くしたはずなんだけどなあ。まだ足りないとでも仰りたいのだろうか?
「今日、明日で見逃した個体がいないかチェックしていくぞ」
物凄く今更だけど、今の俺って傍から見ると独り言を呟いているというより、普通に喋っている状態なわけで。やはり他人に目撃されるのには抵抗がある。
光魔法の初段階で明かりを灯し、視界を確保する。こうやって確保するのは俺の視界だけだろうな。相棒には恐らく必要ない気がする。だって、こいつ目無いもん。
今回も南端の出入り口から侵入した。俺が土魔法で区切った区画ごとにチェックしていく。なんだかんだ言っても既に中央部分に近い辺りまでの壁はぶち抜いた。
「さすが相棒だよ。一切の見逃しがないね」
相棒に感情というものが存在するのかは不明だが、気を良くしたように俺の頭を優しく撫でてくれた。どうなんだろう? まじで、人じゃないのだけど人格みたいなものがあるのではなかろうか……。
今日、チェックした部分は中央までの太い通路とそれに連なる小道だ。明日に抜く予定の壁を少し厚めに補強してから地上に戻る。何故に補強するのかというと、明日は北から侵入する予定だからだ。
北部にはあの巨大な個体が陣取っていたからな、残敵に壁を抜かれることを恐れてのことだった。
ひと段落して地上に上がると夕暮れ時であった。
「あら、魔王様、作業は終わりですか?」
「いやいや、おかみさん。作業って……」
「ドラゴンに比べたら、スライムなど作業では?」
「そんなことはないですよ」
そう、そんなことは一切なかった。ドラゴンもそしてスライムも共に作業と言っても差し支えない範疇なのだから。全ては相棒が有能なお陰なのさ。
俺は段取りさえすれば、後は相棒がすべてを片づけてくれるのだ。うちは役割分担のきっちりとしたバディなのだよ。
翌日も朝から地下坑道の最終チェックに赴いた。
懸念していた巨大スライムが占拠していた場所にも、結局は何も存在はしていなかった。本当にスライムの1匹すら存在していない。それなのにネズミのような小動物は存在するのだ。
拠点の移動中には小動物だろうと、俺に近づくものを一切逃さないのが相棒なのだが一体どういうことなのか? わからない、わからないよ、俺には。
昨日補強した壁をぶち抜いて作業は終了なのだが、一応ということでこのまま南の出入り口まで進み、そこから地上へと出ることにした。
「なんで? なんで、剣が浮いてるの?」
この剣は相棒が主に使う剣だ。少ないながらも装飾らしきものに見覚えがある。
俺の目の前に浮いている剣、それをじぃっと見つめる。
明かりは灯しているとはいえ、初段階魔法なので言うほど明るくもない。故に、目を凝らす必要があった。
よくよく見ると、その剣は半透明な人型の腕に握られている。当然その付け根は俺の背中だ。
「相棒、おまえ、それ! スライム製の触手なのか?」
ああ、うん、いい子いい子してくれたから、間違いなくそうなのだろう。
昨日は出来ないような仕草をしていた癖に、思わせぶりなことしやがってこのヤロウ。
しかし透明な腕か、これは中々に優秀な予感が。見えざる手というヤツだな。目を凝らせば見えなくもないのだが、街灯などのないこの世界の夜であれば無敵ではないか! と思ったが、暗殺者でもない俺には無用の長物であった。
俺が気にすることなどなく、相棒がうまく活用してくれるはずなのだ。
地上に戻り、村長に討伐の終了報告へ向かう。
地上へと戻る出入り口付近で相棒を俺の背中へと隠し、同時に巨大スライムの核を取り出してもらってある。隠すというとは、相棒には体積や重量という概念が恐らく通じない、質量保存の法則など関係ないのだ。
普段人目のある所では俺の背中に身を隠している。相棒が出現してい居る位置の服も破れたりすることはないし、その理由を解明することは俺には不可能だ。そういうものなのだ……、考えるだけ無駄である。
「無事、依頼は達成しました。これ、巨大な奴の核ですね」
「ご苦労様です、冒険者殿。私どもが坑道に入っても平気ですな?」
「はい、スライムは残らず駆逐しましたからね」
「本当に助かります。食料の保管庫代わりにしていた地下坑道ですからな、大変に心苦しかったのですよ」
「こちらにサインをいただけますか? それとも明日、確認後に?」
「いえ、すぐに。嫁いだニウラとも知己のある冒険者殿ですからな、心配はしておりませぬよ」
ニウラというのは、月の栄亭のおかみさんの名らしい。なんでもパパム村長の姪なのだとか。村長は笑顔のまますぐに書類にサインをしてくれた。
サインさえ貰えれば、長居をする理由はない。早速、ノルデへと帰ることにしよう。
「あれ?」
「お待ちしておりました。準備は出来ていますよ」
村長宅を出たところで、例のニウラさん、月の栄亭のおかみさんに鉢合わせした。
なんだろう、嫌な予感がひしひしと。そも、準備ってなんですか?
「魔王様も今からノルデに帰還ですよね?」
「はい。『も』というのは?」
「実は私もなんですよ~」
このおかみさん、ブラウの実の母のはずなのに異様に若作りなのだ。年齢として見ても20代前半か下手すりゃ10代にも見えなくはなかった。そして何より問題なのが調子の良さだろうか。宿屋の若女将として申し分ない性格をしていた。
「そうですか、それは大変でしょう。では、俺も準備がありますので」
「お待ちください! 魔王様に準備など必要ないでしょう? いつも軽装で遠征に出向かれるではありませんか?」
「……しかし、ご婦人が若い男と一緒というのには問題がありますし」
「いえいえ、わたくし魔王様を信用しておりますから」
「それに、俺と一緒の道行きというのは、一般の方には厳しいですよ? 相棒も大活躍しますからね。相棒が怒るので大きな声では言いませんけど、ご婦人の眼には少し……」
「そのようなこと問題にはなりませんよ。わたくし、こう見えてもお転婆でしたから、野山を駆け回るくらいお手のモノです。それに相棒の方もよく存じておりますから」
何がこう見えて、だよ! 丸っきりお転婆じゃないか!
ダメだ、逃げ切れない。というか、仮に逃げ帰ってもただでは済むまい。




