第百六十五話
「――ということで、ウルマム殿。元軍人から二名をテスモーラへの伝令に奔らせましょう。代官や衛兵への伝達には、元冒険者よりも元軍人の方が捗るでしょうからね」
「うむ、直ちに手配しよう。復路はモリアが手配したキャラバンと共に行動させよう」
「ええ、それが無難ですね」
ワイバーンの解体を粗方終えていた俺は、師匠に呼び出された。
対策会議の場は列の先頭である馬車の中。基本的に、元軍人や元冒険者の戦闘指揮を行う車両だ。
「問題はこの先にあるという開拓村、確かベルホルムスと言ったか? 五年前に出来たばかりの開拓村って話だったな。開拓が順調に進み、自給自足が成り立っているからこそ、街道の往来がほぼ無いということは有り得ない話ではない。
だが、平地に巣を作るようなワイバーンにとって格好の餌場であるのも事実。既に壊滅している可能性だって十分に有り得る」
「ライアン、まだ巣がこの草原にあると確定した訳ではありません。最悪を想定することは必要ではありますが、無事であるという可能性もまた否定できないのです。
ですから開拓団は予定の変更をせず、このまま進みましょう。拓けた街道沿いに巣を作るとは考えにくいですが、周囲の監視は怠らないように」
あと一日、あと一日だけ進めば、開拓村ベルホルムスに到着する予定なのだ。
その開拓村が壊滅している可能性をライアンが示唆した。
開拓村が壊滅するということは珍しくはないと聞く。盗賊の襲撃であったり、魔物の襲撃であったりを退けられずに滅びる、なんてことが多々あるらしい。
しかし、テスモーラでは逃げてきた開拓村の住人の噂など、俺を含めた誰もが耳にしていない。であるならば、いまだ開拓村は健在であるか、逃げ出す隙も無く全滅したかの二択となる。
ただ、現実的に誰も逃げ出せない状態に陥るなんてことは考えられない。従ってこの場合、開拓村は無事ということになる。あくまで、俺の考えでしかないが。
「で、最悪の想定はしているんだろう? 兄さん」
「ええ。開拓村が壊滅していた場合は、早急に生存者の有無といつ頃襲撃されたのかを確認します。それが完了し次第、即座に開拓村を離れなければなりません」
「ライス殿は、繰り返し襲撃されているとお考えか?」
「餌場と目されているのであれば、十分に有り得ましょう」
最悪、開拓村が既に壊滅していて何度も何度も襲われているのならば、生存者は恐らく存在しないだろう。空からの襲撃とは、それだけ脅威なのだ。
「ううむ。では、斥候を放ってはどうか?」
「遭遇するであろう魔物はワイバーンに限りませんからね。隠密裏に移動でき、更には戦力も期待できるライアンとキア・マス嬢が適任ですが……どうです、ライアン?」
「そこで俺に振るか!? まあ、馬で半日の距離なら徒歩で何とかならなくもないが……」
ダリ・ウルマム卿の斥候を放つという案に、師匠は支持を示す。
但し、実行できる人物が極めて限られた。魔法で即座に姿を隠せるライアンと、卓越した暗殺者らしいキア・マス以外に適任者は無し。
渋るライアンを横目に、ダリ・ウルマム卿は部下にキア・マスを呼び出させた。
「――わかった。行きゃ良いんだろ?」
「うむ、それでこそ婿殿だ。キアを宜しく頼むぞ」
「準備が整い次第、出立してください」
「俺は直ぐにでも出られる。あぁ、その尻尾は樽にでも入れて日陰に置いといてくれ」
ライアン、なんで俺の方を見て言うかね?
解体したワイバーンの肉も樽に詰めて保存した。要はそれと同じことをしろと言うのだろう。
ワイバーンの尻尾は、鋭く毒を持つ先端に布が巻いてある。変な持ち方をしない限りは平気だろうな。
OK、やっておくから気兼ねなく行ってこい!
◇
大型ナイフを二本背負い、フル装備で登場したキア・マスとライアンは、馬車を飛び出す。次の瞬間にはもう姿が消え、気配すら感じられない。
「あの二人なら問題ないでしょう」
「うむ、問題はこちら側だ。勇者殿、アグニ殿、シギュルーと殿下の眼にも期待するとしよう」
馬車の内部にはダリ・ウルマム卿と師匠の他にも、元軍人と元冒険者が数名いる。その視線が『期待しています』と言わんばかり。流石に俺も居た堪れない。
「俺は樽を片付けてから持ち場に戻ります」
「では、我らも出発するとしよう。号令を掛けよ!」
マズい! 号令を受けて、馬車が動き始める前に樽をどこかに置きに行かないと。
馬車の後部から慎重に飛び降り、近くの鉄製馬車へと駆け寄ると荷台に這い上がった。
鉄製馬車は重そうに見えて、実はそうでもない。丸や角の鉄パイプがフレームに使われているが、その他は木製なのだ。
積み上げられている鋼材の上、それも御者台に近い位置に尻尾の入った樽を置く。
そして俺は、物見台へと向かう。
物見台となっている荷馬車戻ると、そこにはアランが待機していた。
アランは俺を屋上に引き揚げようと手を伸ばしているが、相棒は屋上部分に触手を掛けると難なく俺を持ち上げ、ベンチへと置いた。
「……。それ、やっぱり蛇じゃなかったんだな」
「蛇だと思ってたのか?」
「うちの隊の斥候は『遠見』持ちでな。そう判断したんだよ」
ユニークスキルは不可解なモノだと、以前アグニの爺さんが言っていた。
実際に人間の背中から触手が生えている様は異様だろう。例えそれを蛇と勘違いしたとしても、責められるものではない。
逆に蛇が生えている方が、可愛らしいく見えるのではないだろうか?




