第百六十二話
フリグレーデンを出てから四日後に辿り着いたテスモーラという旧都市国家にて、開拓団は丸一日の休息をとった。そして今度はテスモーラを発ち、今日が二日目となる夜営明けの朝。
旧都市国家を惑星に見立てると衛星のような形で周囲に宿場町や開拓村が点在すると、前に学んだ。しかしフリグレーデンの前は旧都市国家フェルニアルダートであり、一昨日まで滞在していたテスモーラもまた旧都市国家の名残りであることに疑問を抱く。
規模の大小に差はあれど、都市、都市、都市と三連発なのだもの。
そこでアグニの爺さんに質問してみたところ、フリグレーデンは三百年程前に都市として認定された元開拓地であるそうだ。何でも、先代勇者サイトウさんのテコ入れで急速に発展したのだとか。
なるほど、ロギンさんローゲンさん鍛冶師ドワーフ兄弟の祖母が、先代勇者サイトウさんと俺を比較する理由も分かるというものだ。出来るなら、事前に仕入れておきたかった情報である。
で、その婆さまに頼んでいた盾を俺は腰ベルトの後ろに引っ掛けている。
本当は背負いたかったんだけど、俺の肩甲骨辺りからは相棒が生えているからな。仕方なく、腰の後ろからお尻に掛けてぶら下げている。ただ、座るときに思いっきり邪魔になるのが玉に瑕だ。
そう、玉に瑕と表現するには訳がある。
俺はあの日、確かに形をカイトシールドと指定して、材質は鋼として発注した。
そのはずのだが、なぜか材質は銀色なのに所々が青く光って見える謎の金属に化けた。
完成前に納期を早めてもらえないか確認に赴いた際に師匠にご同行いただいた折、何やら師匠とローファさんの間で交渉していたのが原因であるらしい。
『当店から勇者様に献上します。これで、うちの店にも箔が付きます』
満面の笑みを讃えたローファさんの台詞。これについても絶対に師匠が絡んでいる。それ以外に考えられない!
その大きな理由は『献上』という言葉にある。それはイコールでタダということ。
俺はロワン爺さんとの取引ではきちんと対価を支払っていたから、こういうことは初めてだった。交渉したとしても、精々が値引き交渉くらいが関の山だったと言える。
完成したカイトシールドの出来に問題はない。
ただ、材質が変更されたことで、やたらと軽くなった。俺が片手でブンブンと振り回せる重量なのだ。
盾の表面を叩くとカンカンと、軽い金属とは思えない音が鳴る。いや、アルミに似た音がする。
実際に大きさや厚さに対する重さ、比重がアルミとよく似ていた。但し、当たる光の具合で青く光るアルミなど、俺は知らない。
こちらに来てから何かと不思議金属と出会っているが、今までこんな金属に出会ったことはなかった。それは俺だけではなく、こちらで暮らす師匠やライアン、アグニの爺さんに至るまで、この金属とは初見あるという。
それもそのはず、近年見つかったばかりの鉱脈から掘り出された鉱石を用い、様々な配合を試し、やっと出来上がった新素材であるという話だったのだ。
アルミだとボーキサイトだと思うんだけど、何を混ぜたのかは教えてもらえなかった。まあ、アルミに似た何かは、実際にはアルミと全く異なる金属かもしれないが。
俺は、軽いというとこに文句をつけるつもりは一切ない。逆にありがとう、と礼を述べたいほどだ。だが、問題がない訳でもない。
フリグレーデンでも新機軸の合金だそうで、加工後の金属の手入れ方法が確立されていなかったのだ。
結局、使い手が手探りで何とかするしかなく、魔術の実験にも用いたワックスを塗布することで一応の対処とした。本当に、タダより高いものはないという教訓を得たわ。
その一方で、出費を抑えられた師匠はホクホク顔だったけども!
朝食を待ちながら、そんなことを思い出していた。
「おはよう。隣り、良いかな?」
「ああ、おはよう。アラン」
岩窟都市フリグレーデンに至る前と変わったところがあるとすれば、相棒の能力が無効化されたことと、アランたちが新たに開拓団員に加わったことだろう。
このアランについて、俺は最初こそ警戒していたものの、今はすっかり馴染んでいる。
アランは何というか、物腰やら雰囲気が師匠に似ている。
一人称も師匠と同じく『僕』だけど、師匠のように貴族的な二面性は持たないようだ。一貫して、そのまま。
また、年齢は俺やミラさんと近く、アランが十九歳でイレーヌさんが十五歳。
ミラさんが大怪我を負った原因を作った人物と同様にムリア王国の出身ではあるけれども、ミラさんは師匠の話を聞いても何ら不満を漏らすことはないかった。
逆に、年齢が近く話の合うイレーヌさんとは仲が深まっているように感じる。それに関しては、リスラがヤキモチを妬く程だとも言える。
ここ数日の間にすっかり開拓団に馴染んでしまった彼らなのだが、最初の頃は色々とあったのだ。
◇
「アラン君はカットス君と同じ馬車が良いでしょう。何せ、カットス君は開拓団の最高戦力ですからね。何かあった時には対処し易い。勿論、アラン君とイレーヌさんのことは信頼してますよ。信頼の証として、一つ秘密を開示したいと思っています」
師匠の言葉と態度は比較的柔らかい。
しかし俺は、師匠が悪辣な笑みを浮かべていることを見逃してはいない。
ただ、開示する情報なんか、何かあったかな? と、俺とミラさんとリスラが揃って首を捻る。
子供の素振りをするライアンのことは、ミラさんがこの場に居る以上は明かせる話ではない。それ以外のことになるのは必然。
「実は、先日アラン君の尋問を担当した彼は勇者ではありません。
帝都では、情報収集をしている密偵らしき存在が確認されていましたからね。それらしき偽物を勇者と誤解するよう配置していたのです」
「……あの栗色の髪をした青年が勇者でないとするなら、本物の勇者とは一体?」
なんだ、俺たち開拓団にとっては公然の秘密。というよりも、最近は日常に埋もれ、すっかり忘れていた事実。
「そこに居るカットス君が今代の勇者です。カットス君は勇者というよりも、魔王という二つ名の方が有名ですがね」
「はっ、ははははは、魔王が……勇者ですか……? ふふふ、ははは、こりゃ傑作だ! 僕らは自らの意思でブラフを掴んでいたというのですか」
「……お兄ちゃん、大丈夫?」
ムリア王国の勇者強奪計画は、先代勇者サイトウさんのような戦えない者を想定したものだったらしい。当然、それは俺には適合しない。俺には相棒が居るのだから。
アランを含む数名のムリア騎士たちは、あの晩の野盗の襲撃の様子を覗き見ていたと、ライアンから聞いている。
それは相棒の『びぃむ』に因る野盗とアサシネイト・バブーンの殲滅を観ていたということ。恐らくは、相棒がかなり頑張ったミラさんの救助も含めてのことだろう。
だからこそ、アランは驚きと共に乾いた笑い声を挙げたのだ。
俺が彼の立場だったとしても、同じように笑うことしか出来ないだろうから納得はできる。
「隊長が真実を知ったら、ブチ切れますね。あのクソ騎士団長殿に!」
「……お兄ちゃん」
俺はこの時「お兄ちゃん」と呼ばれるアランに嫉妬したのは内緒だ。
リスラに「お兄ちゃん」と呼ばせる計画が失敗して久しいからな……。




