表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
162/393

第百六十一話

「其方の思惑としては、賊を開拓団に一当てして戦力把握に努めるというものであったな。しかしながら被害を被った開拓団や開拓団を支援する帝国、本国の政を牛耳っておる第一内務卿とジャガル上層部、そして忘れてならぬのはオニング公王だが。

 彼らがこの事態をどのように解釈するか、其方には理解できておるのか?」


 ラウド将軍の言葉に反論を試みたミレイユはクラウディア殿に諫められ、発言を押し留められた。今やミレイユが発言したところで誰も聞く耳など持たないことを、クラウディア殿は十分に理解しておいでだった。

 その様子を見つめつつも、ラウド将軍の問い掛け続くのはミロム殿である。


「優秀な密偵を抱える帝国首脳陣は、悲しい事故として認識しておられた。だが、開拓団はどうか? 開拓団の代表は表向き勇者であるが、内実は勇者の婚約者としてホーギュエル伯爵の息女が取り仕切っていると聞く。なれば、勇者の怒りを買うのは当然のことであろうな。勇者の知恵を借りるという策もまた、この時点で頓挫したと言えよう」


 前回、私に届けられた命令書は無効となった訳だ。作戦の前提条件として『友好的に』という部分が満たされないのだから当たり前だ。


「第一内務卿とジャガル上層部は、其方が意図してホーギュエル伯爵家息女を狙ったものと解釈するであろう。その方が彼らにとって都合が良いからな。

 そして遠からず、ジャガルからオニング公国へと情報が齎されよう。『ムリア王国第三騎士団がオニング公国公王位継承権保有者の暗殺を謀り、これに失敗』とな。

 第一内務卿は帝国の手で現ムリア王が討たれることを望むだろう。あれは王位に固執しておるからな。帝国が今以上領土を広げるつもりはなく、現ムリア王亡き後に自治を任されることを狙っていると考えられよう。

 しかしジャガルに至っては、第一内務卿の思惑を嘲笑うように王宮から手を引く。その後、西大陸の傭兵を多数動員し、ムリア本国に宣戦布告するだろうよ。

 何せ、ムリア本国は事実上、この大陸の大国二つを敵に回したに等しいのだからな。ジャガルとしては、大手を振ってムリア本国を叩く絶好の機会となり得よう。

 今にして思えば、第三騎士団解散を引き合いに出された時点で、ミレイユが功を焦るよう誘導された、とも考えられるがな」


 私はラウド将軍の考察と評価に目を剥いた。

 失礼ながら、ラウド将軍は軍内部での評価は高いが貴族としては子爵家でしかない。しかも武門として名を馳せる家柄で、政治の世界とは疎遠であったはず。にも拘らず、第一内務卿やジャガルの思惑を予想してみせたからだ。

 そして、その考察が当たらずとも遠からずということが私にでも理解できる。否、出来てしまったのだから困りものだ。


「将軍閣下、そろそろ宜しいでしょうか? ……事態は将軍閣下の考察だけに留まりません。

 既に皇帝は帝国軍の召集と物資の集積を宣言しています。

 賊を扇動した後、行方不明なデルバイム家令嬢の捜索を断念。生家であるデルバイム侯爵領。そして実父であるデルバイム侯爵の征伐を目的としているようです」


 ミロム殿がラウド将軍に何かを問う。ラウド将軍がそれを首肯すると、ミロム殿は最重要事項について語った。

 既に挙兵している? 派兵される軍の規模や兵科にも因るだろうが、どんなに遅く進軍速度を考慮しても一月程で国境に到着してしまうだろう。

 デルバイム侯爵領は帝国との間に峡谷があるが、それを除けば隣接しているに等しい立地だ。

 最早猶予がない。だからこそ、伝令や書状ではなくラウド将軍とミロム殿の本人ががこの場に姿を見せたのだ。

 私の母はデルバイム侯爵領に避難している。父もラウド将軍の命で、騎士や兵の家族の避難に携わっているはずである。それこそ、最早他人ごとではなかった。


「ただ、皇帝はこうも仰った。

『もし下手人を確保した後、ホーギュエル伯爵家息女と勇者殿が揃って謝罪を受け入れるというのであれば、派兵の取り止めも吝かではない』とな。

 儂らに残された手段は、もう其方の身柄を開拓団に引き渡すほかない。

 故にミレイユ、其方の身柄を拘束する。同時に第三騎士団団長の任を解き、後任にクラウディア女史を指名する」


 ラウド将軍の宣言を聞きつつ、私は剣の柄と手を伸ばした。もし彼女が抵抗するならば、無力化に努める必要があるからだ。

 帝国近衛騎士レウ・レル殿が武装解除を否定した理由は、凡そこうなると知っていたからだろう。


「姫様、申し訳ございません」


「――クラウ、何をする!?」


「私は騎士団の職務の都合上、姫様にお仕えしておりましたが真の主たるはデルバイム侯爵アガレス様、唯御一人。主が討たれることを受け入れるなど以ての外、あり得ませぬ。

 何より、賊に開拓団の情報を流す策を弄した際、姫様は私の諫言を無視されました。そのことがそもそもの原因であるのです。潔く、縛についてくださいませ」


 私やラウド将軍が動くまでもなく、クラウディア殿が行動を起こした。

 クラウディア殿は素早く椅子を蹴って立ち上がるとミレイユの後方に廻り、ミレイユの両腕を後ろに掴み捻ると肩と肘の関節を極めに掛かる。そのままの姿勢で今度はミレイユの上体をテーブルに押し付け、身動きを完全に封じたのだった。


「どなたか縛るものを!」


「私が持っている。そのままで、しばし待たれよ」


 普段のクラウディア殿からは全く想像できない、怒りを露わにした声音が食堂に響き渡る。そのクラウディア殿の呼び掛けに応えたのはミロム殿で、足元に置いていた荷物からロープを取り出すとミレイユの手首と足首を素早く拘束。その後に身体全体を厳重に緊縛していった。


「ラウド将軍閣下、騎士団長の任はお受けできません。私はアガレス様を主と仰ぐ者ですから」


「いや、すまぬが暫定ということでお願いしたいのだ。統制が取れなくなると困るのでな。どうか、頼む」


「……団に戻り次第、団長代行を選抜します」


「うむ、それで構わぬ」 


 哀れにも近しい間柄の補佐官に裏切られたミレイユは、布を巻きつけたロープで猿轡を噛まされ、まともな言葉を発することも出来ていない。何やら呻いているが、聞き取ることは不可能だった。



「ギリアローグ卿。それで、開拓団の戦力評価はどんなものだ? 明日から開拓団を追い掛ける都合上、知っておかねばならぬのでな」


「圧倒的と言わざるを得ません。特に『魔王』と呼ばれる冒険者が突出しています。

 半包囲した賊集団の左翼中隊を殲滅した後、主力である魔獣を駆る騎馬隊と長弓兵の混成大隊を撃滅しています。それもほぼ単独で、です」


 特にあの赤い光による賊主力の撃滅など、言葉では言い表せない。否、言葉だけでは伝わらないと断言できる。

 戦史にて、ユニークスキルが戦場を掻き乱した例は少なくない。しかし魔王のあの光は、戦場を完全に支配できてしまう代物だった。

 今報告するのに思い出しただけでも、身が震えるほどだ。あれが本国やデルバイム領の戦場に顔を出さないことを祈るばかりである。


「……ふむ、ならば早急に追いつかねばならぬな。

 ギリアローグ卿、クラウディア女史。直ちに出立の支度を整えよ。明日、日の出と共に発つ、開拓団を追うぞ!」


「「了解です」」


 ラウド将軍の宣言通り、開拓団には急ぎ接触する必要がある。

 しかし、アランと従兵のことはどうするべか? ここはひとつ、レル・レル殿に相談してみるとしよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ