第百六十話
「まだ儂の話は終わりではない。
現在、皇帝と帝国首脳陣は儂らと部隊員の扱いを使節団として保留しておる。率いた本隊と第三騎士団は帝都に抑留されておるがな」
ラウド将軍は第二騎士団と麾下戦士団、指揮官が離脱した第三騎士団を率いて帝都へと向かったはずであった。しかし、イラウに現れたラウド将軍は補佐官のミロム殿のみを連れた状態で、他の騎士や兵士は誰一人として引き連れてはいなかった。
その代わりにしては豪勢にも帝国近衛騎士団の小隊が随行していたことには、特に驚いたものだ。そして、そのこと自体が私には疑問でならなかった。
私の素朴な疑問の答えは、ラウド将軍の口から紡がれた。
まあ、抑留と言っているが要は人質ということだろう。これ以上彼女らがおかしな真似を仕出かさないための……。
「皇帝からの助言により、第三騎士団に紛れ込んでいたジャガルの密偵を捕らえることが出来た。しかし、生憎にも鳩番の騎士ゆえ情報はジャガル側に筒抜けと考えねばならぬ。これに関しては儂も第一内務卿の密偵や間者ばかりに気を取られ、まさかジャガルの密偵が居るとは考え至らなかったと反省するほかない」
「鳩番はティグエルド準男爵家の次女シャーディンです。なぜ彼女がジャガルの密偵などに……」
いち早く落ち着きを取り戻したクラウディア殿ではあったが、再び混乱に陥る。
間者が入り込む可能性は騎士団が組織として運営されている以上、決して無いとは言い切れない。
アランはどういう訳か、法衣貴族で実父のメヒルド子爵を恨んでいる節があり、第一内務卿の間者にはなり得ない。リグダールも同様に、仕事がなく街で腐っていたところを私が兵士へと取り立てたのが始まりである。
まして、国境防衛の任に着く第二騎士団ではジャガルとの仲は最悪であり、間者として働く気になるとは考えにくい。
国境を越えられずに国元に残してきた部隊員にしても、疑わしい者は私の隊には存在しないと思われる。
だが、騎士団という大所帯にもなると話は別だ。
国防の要たる第二騎士団は魔物討伐や国境防衛が主な任務であるために危険も多く、不人気であるから別としても。
王都の防衛を司る花形の第一騎士団や女性だけの第三騎士団には、貴族家から政治的な圧力が掛かることが多いと聞いたことがある。縁故で騎士団に入る者も多いらしい。だからこそ、買収された貴族や成りすましによって、他国の間者が入り込み易いとも言える。
「儂らが帝都に滞在中に、開拓団付きの騎士が帝都へと報告に駆け付けた。その報告の中身は、儂らにとって最悪と言わざるを得ない。オニング公国がホーギュエル伯爵家、長女が重傷を負ったという知らせであった」
「大魔術師と誉れ高きホーギュエル伯爵家当主とはいえ、伯爵風情の娘が何だと言うのです?」
「其方、本気で申しておるのか? ……侯は一体どのような教育を施したのだ?」
漸く冷静さを取り戻した第三騎士団団長ことミレイユは、事の重大さを理解していなかった。ラウド将軍は頭痛を堪えるように眉間を押さえた。
「閣下。それはもしや姫騎士ファビア殿の?」
「うむ。ギリアローグ卿は流石に知っておったか」
ムリア王国が小国である以上、大陸に存在する大国の一挙手一投足に注視する必要性があった。しかも『姫騎士ファビアの嫁入り』は大陸中を席捲したほどの慶事だ。
大魔術師と名高い現ホーギュエル伯爵家当主は、オニング公王が姫であるファビア殿との婚姻のために先代ホーギュエル伯爵を隠居に追いやると家督を継承。その直後に、オニング公王の名のも下に二人の婚姻が成立した。
大陸中を電撃的に駆け抜けた明るい話題であり、多くの姫騎士ファビア殿のファンに阿鼻驚嘆を強いた惨劇でもある。私もその内の一人であったからな。
オニング公王に姫は唯一人。当の姫騎士ファビア殿のみ。
大国の唯一の姫を娶ったのが現ホーギュエル伯爵家当主。その娘ともなれば、公王位継承権を有していたとて何ら不思議ではない。
恐らく、ラウド将軍が主張したいのはその辺りなのだろう。だがしかし、賊の扇動を図った第三騎士団団長殿はその辺りを理解していなかった。
私もラウド将軍程ではないが、頭が痛くなる思いだ。
第一、第三騎士団は姫騎士ファビア殿率いる姫騎士団をモデルとして結成されたものである。故に彼女自身が務める第三騎士団の団長職、それに対する怠慢が透けて見えるというものだ。
「姫騎士ファビア殿はオニング公王の息女であると知ってのことか? しかも其方が率いる第三騎士団は、オニング公国の姫騎士ファビア殿が率いた姫騎士団が元になっていることを存じておらぬのか? 何より大国の伯爵家は小国のそれと同等ではない」
「……ふぇ?」
「……」
ミロム殿がラウド将軍の言を補足する。
苦々しい表情を隠そうともしないクラウディア殿とは違い、ミレイユは初耳だとばかりに呆けた。先に、ホーギュエル伯爵の息女と聞いても動じなかったのは無知ゆえなのだろう。
デルバイム侯爵にはミレイユ以外に子は居らず、甘やかし過ぎた結果がこれかと考えさせられる。第三騎士団をある程度使えるものにした功績はあれど、大国の動向に一切気を払わないなど小国に生きる者として、ましてや高級貴族の子女としては失格に等しい有様だ。




