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第百五十九話

 私はラウド将軍からの呼出し命令を部屋で待機中であった第三騎士団団長殿と補佐官殿へと届けた。当の女性士官二名を引率し、食堂の奥にでっち上げた臨時司令部へと戻る。

 途中、ロビーから食堂へと至ると帝国騎士たちの視線がやけに気になった。その視線は私の後方を歩む二名の女性士官へと向けられていたのだ。

 しかしその視線は女性へと向けられる俗物的な視線とは異なる。突き刺さるかのように鋭利なもので、まるで怨敵を見やるかのように殺気すら感じられた。


 引率する私は、それとなく自然に振り返る。

 すると、補佐官のクラウディア殿は少なからず後ろめたくもあるようで、沈鬱な表情を浮かべながらも俯き加減で楚々と歩む。

 一方、第三騎士団団長殿は何ら自らの行いに非は無いと言わんばかりの堂々とした姿勢を貫いていた。食堂内には多くの帝国騎士、しかも近衛が頓している状況にも拘らず、だ。

 侯爵家の貴族教育が生み出したであろう剛毅なる態度は、本来であれば見事と評価するべきなのだろう。だが、彼女が招いた事象に巻き込まれる身としては堪ったものではない。

 下級貴族も末の末たる私には、その姿勢を真似ることは不可能。元より高級貴族の在り方など私の理解の範疇にはなく、彼女は別世界の住人としか思えない。


 ああ、なるほど、そういうことか! 

 帝国上層部は最早、彼女の行いを察しているだろう。大国である帝国ならば、優れた密偵を育てていても不思議はないからな。

 もし、そうでなければ、騎士たちの私を見る眼と彼女たちを見やる眼の違いを説明しようがない。そしてラウド将軍とミロム殿の憔悴しきった表情が、それを裏付ける証に十分なり得た。


 職務中にも拘らず、無意識に嘆息してしまった。数歩先の衝立の向こうにラウド将軍が待っているというのに、だ。

 取り繕うように衝立の際に控えるレウ・レル殿に目礼し、ラウド将軍に到着を報告する。


「ラウド将軍閣下、第三騎士団団長殿並びに同補佐官殿をお連れしました!」


「ご苦労。……ひとまず、掛けたまえ」


 私の報告に応答したのはミロム殿である。ラウド将軍も首肯しているため、私と他二名は迅速に着席。

 席次はラウド将軍の左隣にミロム殿が、右隣りに私が座るよう指示された。私の正面はミロム殿となり、ラウド将軍とミロム殿と私で四角いテーブルの三辺を固める。

 そして件の第三騎士団団長殿と補佐官クラウディア殿は、揃ってラウド将軍の正面の席に着く。

 全員が着席したことを確認して、ラウド将軍が神妙な表情のままに口を開く。


「さて、ミレイユや。其方は我らがムリア王国は、薄氷の上に成り立っていたことを存じているか?」


「はい、閣下。ミスリル貨造幣騒動以来、王宮へのャガルの介入を許している次第。政務を執り行う第一内務卿により、王が傀儡とされていることが原因かと思われます」


 当たり障りのない政治の話。

 現在のムリア王国の置かれてる状況は、街で遊ぶ子供でも知っている。酒場など大人の集まる場では、重い税に苦言を呈する者たちを目にすることも多い。

 実際、私のような若輩の騎士など最も割を食っていると言わざるを得ない。給金のほとんどを税として持っていかれるのだからな。


「ふむ、その程度は知っていて当たり前か。故に、多くの領地貴族は王宮から距離をとり、様々な裏工作を開始したのだ。其方の父、デルバイム侯を中心としてな」


「父上が……」


「侯の領地と隣接する複数の貴族家は第一内務卿の傀儡でしかないムリア王を見限り、ラングリンゲ帝国に寝返るため第一歩として皇帝へ宛てた密書を儂に託した」


「……」


 従軍した騎士や兵の家族をデルバイム侯爵領に避難させたのには、そのような理由があったのか。

 勇者強奪作戦は無理難題であり、最初から遂行不可能でしかない。

 ジャガルと長く国境線で小競り合いを続けてきたラウド将軍や私たち第二騎士団の一部は、ジャガルと友好関係を築いた第一内務卿に勇者強奪作戦という名目で切り捨てられたと考えられる。そう、以前ラウド将軍からの命令書に記述されていた。

 デルバイム侯爵や一部の領地貴族はこの度の作戦で切り捨てられた騎士や兵ごと、帝国に寝返ろうとした? 話の内容から、ラウド将軍もその工作に加わっていることと判断できた。


「しかし皮肉なことに、侯の娘である其方の行いが侯や他領地貴族の希望を粉微塵に打ち砕いてしまった……。皇帝は其方が賊を扇動したことを知悉しておった」


 だが、第三騎士団団長殿ことミレイユが開拓団へ賊を嗾けたことで、デルバイム侯爵らの思惑が破綻した、ということだ。

 ラウド将軍が語る内容に耳を傾けているとミロム殿の目線がほんの少しだけ揺らぎ、誰とも視線を合わさぬように俯いた。私がそれに気付いたことにミロム殿も遅ればせながら気が付いたようだ。

 額に大粒の脂汗を浮かべたミロム殿に、私は小さく頷くことで返答とした。

 ラウド将軍の話の内容から察するに、皇帝が知悉しているという賊を扇動した云々の情報元はミロム殿であろう。

 故にラウド将軍はミロム殿の立場を守るため、虚実交えているのだ。

 私としてはミロム殿を責めるつもりは一切ない。リグダールに独断専行と指摘されたように、私は開拓団に事の全てを打ち明けるつもりでいたのだから。


「そんな……」


 ミロム殿の仕草に気付かない第三騎士団団長ことミレイユ。彼女の表情は優れない。傍らにいるクラウディア殿も同様だった。

 両名共に、その端正な造りの顔は青褪めている。

 つい先程、ここに至るまでに帝国騎士たちを前を堂々と歩んでいた姿は皆無。

 だが、今更後悔しても全く以て遅いとしか言えない。私は彼女から賊を扇動したと聞かされた時に、今の彼女ら以上に血の気が失せたものなのだから。

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