第百五十七話
「隊長。開拓団がフリグレーデンを出立してから今日で五日目です。好い加減追跡を開始せねば、どこへ向かったか判らなくなりますよ」
「しかしな、リグ。開拓団の動向を調査しに出掛けたアランとクラウディア殿付きの従卒の行方が杳として知れないままなのだ。万が一捕縛されていたとしても、アランらに関わる情報が一切露出しないのを不思議に感じぬか?」
リグダールの言う通り、開拓団は五日前にフリグレーデンを出立した。イラウを迂回し、北へ向かったことが判明している。
しかし開拓団の馬車を牽くのは農耕馬であり、その歩みは遅い。従って十日程度の遅れであれば、我々の馬車なら十分に追いつける速度である。
それに、付かず離れずという距離を保つのは危険に過ぎる。開拓団が賊に襲撃されてから未だ日が浅く、必要以上に刺激するものではないと、私は考える。
その上、アランと第三騎士団団長補佐官付きの従卒が行方知れずなのだ。それもイラウの衛兵などに捕縛されたなどという話は、全く以て聞こえてこない。そのような捕り物があったなどという話すら、酒場の話題には登らないのだ。
「アラン副隊長とあの従兵の娘、随分と仲が良さそうでした。まさかとは思いますが、もしや逃げたのではありませんか? これだけ探っても一切情報が得られないというのも変です」
「いや、それは幾らなんでも有り得ない」
アランと従卒の娘は、いつの間にやら仲良く会話する姿が日常となっていた。
アランはメヒルド子爵家の三男で家督は継げない以上、階級は平民と何ら変わらない。従兵の娘も、第三騎士団の下部組織に所属する一兵卒に過ぎない。
しかし仲睦まじい姿からは、それなりの付き合いであることが窺われた。だからこそ私は祝福すると情報収集に託け、休暇のつもりでイラウの市中へと送り出したのだ。
だが、どうしたことか? その日以来、音信不通となっていた。
ここはイラウ入り口にある宿屋で、私とリグダールとで相部屋となっている一室。隣の部屋には第三騎士団の面々が割り当てられている。
私は押し黙ると気配を探る。部屋の扉の先や隣室で聞き耳を立てられていないか、耳を澄まして調べる。
「何を警戒されているのか分かりませんが、問題はありません」
リグダールは元来は狩人であり、生き物の気配に鋭敏に反応を示す。そのリグダールが言うのだから、本当に問題は無いのだろう。当然、それは信頼に値する。
私の対面に座るリグダールに手招きすると、声を抑えて話し掛けた。
「(アランには第三騎士団団長殿のやらかした一件を開拓団に開示するよう、指示を出している。間違っても第三騎士団の者には聞かれたくはない)」
「(正気ですか、隊長? 例の一件は確かに第三騎士団団長殿の独断専行ではありますが、隊長のその指示もまた独断専行と判断されかねませんよ?)」
「(それでも、だ。少なくとも貴様の助命は得られるだろう)」
「(――っ)」
リグダールは苦虫を噛み潰したかのような表情で俯いた。
リグダールの言うように、私がアランに託した命令の内容は完全に独断専行であるのだろう。小隊長に許される裁量権を大幅に逸脱していることは理解している。
だが、あの開拓団の戦力を正面から相手にするわけにはいかないのだ! ならば、彼女らを贄にするほかあるまい。実際に賊を嗾けたという証言もあるのだから、な。
その上でラウド将軍からの命令書に従い、開拓団に接触する。
私自身の処遇は不明ではあるが、隊員二名の助命を請う。更には何らかの知恵を借りることを目指すつもりだった。
まさか、密命を託したアランが失踪するなど思いも寄らなかったが、な。
◇
扉を乱暴に開く音が聴こえ、ドタドタという足音がこの部屋へと近付いてくる。
「――騒がしいですね。アラン副隊長の行方が判明したのでしょうか?」
「どうかな? 私は嫌な予感がするが……」
ドンドンと二回強く扉が叩かれた。歩み寄ってきた足音からしても、かなりの焦りが窺えた。
私はリグダールに合図を送り、扉を開かせる。
「リグダールさん、クラウディアです。隊長殿は……隊長殿、窓の外をご確認ください」
「窓の外? どういうことか?」
ベッドが二つに、小さなテーブルと椅子だけでしかない室内は狭い。クラウディア殿が指し示すのは、この部屋にあるただ一つの窓。明かりとりとしての機能しかない嵌め殺しのガラス窓だった。
「――なっ、隊長! ラウド将軍です」
リグダールの言葉に驚き、私もすぐさま窓に取り付いた。
窓の外に佇む姿は、間違いなくラウド将軍閣下である。
ラウド将軍は帝都へと向かったはずではなかったのか? なぜ、このような場所に? イラウに現れるなど、咄嗟に理解できるものではなかった。
「ミロム補佐官殿の姿もありますが……周囲を固めているのは帝国騎士ではありませんか。噂に名高い近衛騎士、白銀騎士団ではないでしょうか?」
私自身もこの眼で確認した。
帝国の騎士団は纏う甲冑の色で所属する騎士団が異なる。ラウド将軍とミロム補佐官殿を取り囲む騎士たちの甲冑は銀。それ即ち、白銀騎士団である証明となる。
ラウド将軍閣下に並び立つ騎士のみ、甲冑が透き通るような翠色に輝きを放つ。天然物のミスリルが持つ色合いである。
恐らくは、彼が目の前の白銀騎士団の団長を務める強者なのだろう。
「……驚いている場合ではないな。クラウディア殿、私が出迎えに参ろう」
「お願いいたします」




