第百五十三話
「あぁ、カットス君、待ってましたよ。おや? ウルマム殿もご一緒でしたか」
ミラさんを宿へと押し込めた俺は来た道を引き返し、イラウの冒険者ギルドを訪れた。市街区から門前広場へと至ると、そこでダリ・ウルマム卿に遭遇した。
彼は師匠の仕事を引き継ぎ、資材を馬車に積み込む作業を担っていたらしい。
それも完了したということで俺と合流し、共にイラウの冒険者ギルドまでやってきた。
道中、クロスボウを損壊してしまった件を報告。すると、あのクロスボウは彼ダリ・ウルマム卿の私物であったのだと返答をいただいた。
元より爆発物を用いる以上は暴発の危険が少なからず存在していたことを含め、素直に謝罪した。勿論、彼の私物であるのだから弁済することを申し出た。現在のお財布はリスラなのだが……。
しかし彼は、クロスボウはりスラに進呈したものであると言い張る。進呈した先のリスラの判断の元に実施された実験であるのならば、気にする必要は皆無では? と。
上手く言い包められている気が……いや、間違いなくそうなのだが、俺は彼のご厚意に甘えることにした。これ以上の問答は恐らく平行線を辿ることが目に見えていたから。
イラウ冒険者ギルドに到着すると、なんだか物々しいほどに人が溢れていると感じた。冒険者ギルドの建物内もまた騒然としたもの。何があったかは不明だが、それは師匠に聞けば判明するだろう。
忙しなく動き回る職員には申し訳ないのだが、師匠の下まで案内をお願いする。
ギルド職員に案内されたのは前回利用した応接室ではなく、ギルド長モリアさんの執務室であった。
職員が開く扉の先に広がるのは、応接室とは異なる機能的な室内。広さも十二畳ほど。
待ち構えていたのは部屋の主であるモリアさんと師匠なのだが、俺は違和感を覚えた。フリグレーデンの門前で会った師匠には焦りのようなものが垣間見えていたはずなのだが、今はどういうわけか普段よりも更に活き活きとした笑顔に変わっている。
同様の違和感をダリ・ウルマム卿も感じ取ったようで。俺と顔を見合わせると若干首を傾げるような仕草をとる。
「まぁまぁ、そんなところに突っ立てないでお座り下さいよ」
モリアさんの勧めで、部屋の隅に設けられた応接セットのソファに腰を下ろす。
今は少しでも早く師匠の笑顔の理由と、ライアンやアグニの爺さんの姿が見えないことの回答を得たかった。
俺たちの疑問を察したのか、師匠が口を開く。
「ライアンは今、タレコミの検証をしています。持ち込まれた情報には確度が必要ですからね。ただ僕は彼の話は本当のことではないかと感じますが」
再び、俺とダリ・ウルマム卿は顔を見合わせるしかない。師匠の話の内容が全く読めないのだから仕方ないだろう。
「お待ちよ! そんな中途半端なところから話しても、部外者には何のことやら判らないっての」
「ああ、申し訳ない。先走ってしまいましたね」
そこからは師匠に代わりモリアさんが事情を説明する。
彼女曰く、事の始まりは帝国軍特技兵の紋章を持った大鷲が齎した、と。
大鷲は他国からの行商人の一行である女性を鉤爪掴み上げ、冒険者ギルドの敷地内へと運び込んだ。大鷲と女性を追うように、一人の男性が駆け込んできたことで騒動が加速した、と。
「シギュルーさん、やってくれましたよ! 勲功第一です」
モリアさんの説明の途中途中に師匠は相槌を打つ。それはもう嬉しそうに。
ただ、説明を受けている方としては黙っていてほしい。話を途中でぶった切られるのは堪ったものではない。
「元々ね。このイラウはフリグレーデンの防衛のために存在する。イラウに入った外国人には密偵が張り付くことになっている。無論、彼らにも。
賊の襲撃の後始末に冒険者や密偵を派遣していたこともあって、大鷲が開拓団の所属であることは明らかだ。そういう報告を受けていたからね。だから、内偵調査中の密偵は、大鷲の行為を黙認した。
大鷲は随分と優しく掴んでいたようだけど、運ばれた女性は若干の傷を負っていた。しかも、高所をうつ伏せに掴まれた状態で飛行していたからか気を失っていた。
そう、だから仕方なく、本当に仕方なく保護して手当することにしたんだ」
「女性は手当のために冒険者ギルド内へと運ばれました。そこへ遅れて大慌てで駆け込んで来た男性がタレコミの主です。
男性はその情報で以て、女性の助命を請います。男性にとって女性はただの同僚というよりも、大切な関係にあったようなのです」
モリアさんの説明は淡々としたものだが、師匠の話にはそこはかとなく悪意が込められているように感じる。いや、違うな。面白がっている?
「それでライス殿、そのタレコミの内容は如何様なものか?」
「ええ、ただ色々な思惑が入り乱れていましてね。一筋縄にはいかないでしょう。
ミラが重傷を負ったという事実が、殊更に事情を複雑にする可能性も否めません」
「なぜそこでミラ殿……とは言わん。ミラ殿もライス殿も帝国にとっての国賓であるし、勇者殿は我らが英雄だ」
モリアさんからの俺たちへと説明は一旦終了したらしく、ダリ・ウルマム卿から師匠へと質問が飛ぶ。
対する師匠の答えは、その表情とは裏腹に些か歯切れが悪い。




