第百四十八話
新たな樽を設置した俺の目には、彼らが和気藹々とた雰囲気を醸している姿が映る。彼らは俺の要望に応え、この場に同道しているに過ぎない。
ならば、俺は引き続き俺の思うように実験を続けるべきだろう。
決して、仲間外れにされたからと拗ねてなどいない!
実験の手順としては、まだ最初の段階にある。
特製ボルトによる起爆に成功したという事実のみが成果である。ただ、想像より遥かに弱い爆発であったことは問題視する必要があった。そのため、今回は樽に詰め込む水素の量を増やすことで対応した。
目印を残した場まで戻り、今回使用するボルトをクロスボウに装填する。
「相棒、今回のボルトは先程のと具合が異なるかもしれないぞ」
「ギッ!」
本当に分かっているのか? 俺が二種類のボルトを両手に持った感じでは、双方の重量にそれほどの違いはなかったのだが、実際に撃ち出されたボルトの軌道が同じとも言い切れない。
だからといって、俺が弓やクロスボウを扱えない以上は相棒に任せるほかないのだけど。
「いいぞ、相棒やってくれ! 暢気なあいつらを驚かせてやろうぜ」
「ギッ!」
蚊帳の外に置かれた嫉妬から当て付けるようにことを為す、俺と相棒。
返事をした相棒は腕の部分をストックに巻き付け、先端の手がトリガーを操作する。トリガー操作により弦を固定してた金具が外れると、弦はボルトを勢いよく押し出したが――
――ボンッ
クロスボウの構造上、銃でいえば砲身に当たる部分で爆発が起きた。俺が最も懸念していたボルトの暴発だ。
「無事か、相棒?」
「ギィィィ」
暴発による衝撃でクロスボウは最早原形を留めておらず、大小含めた部品は周囲へと弾き飛んでいる。
相棒は力のない返事は、壊れてしまったクロスボウに向けられているようにも思える。それでも、相棒に目立った外傷が見られないのは幸いだったな。
だがこうなってしまうと、この先実験を続けることは不可能である。
同行者を驚かせようと、邪な考えを実行に移したことに対する罰ではないと思いたい。
しかし、困ったな。クロスボウはリスラの所持品で借りものだ。
元々がクロスボウ自体が特殊な物で、結構高額な品である。ここまでバラバラになってしまうと修理など不可能だろう。弁償するにしても、財布は相棒に『収納』されたままなのだ。
とりあえずは、散らかったクロスボウの部品を集めることに終始する。足取りの重いまま、馬車の前まで戻ることにした。
「カツトシ様、お怪我はありませんか?」
「うん、俺にも相棒にも怪我はないんだけど、借りたクロスボウが……。申し訳ない」
「それアタシのではなく、軍の備品ですから気になさらないでください。ウルマム将軍にはアタシから伝えておきますし」
片手にクッキーのような何かを持ったまま、リスラが俺へと駆け寄る。心配てくれるのは有難いが、その手に持ったものは何なのか?
それに軍の備品? ひょっとして、ダリ・ウルマム卿の持ち出し? それはそれで問題ではないか!
軍からの払い下げ品で開拓団の資産として計上されているとすれば、ミラさんが激怒しかねない。水を入れていた樽をシードル造りに流用しただけでも、かなりお冠だったのだ。そういったことは先に伝えておいて欲しかった。
「いや、暴発したのは俺の作ったボルトだからナ。弁済費用は魔王さんと折半するゼ」
「それと、ちょっと待ってロ!」
ボルト作りを依頼したローゲンさんも責任を感じているのだろう。ただ、責任は実験を計画した俺にあるわけで、気持ちだけ受け取っておくことにしたい。
で、ロギンさんは何か案でもあるのか、馬車の中へと飛び込んだ。
「これダ! これに、こいつを足して、こうだ!」
「槍の穂先を鏃に換装したのか。でもこれ、柄がダメになるだろ?」
「非常時にと馬車に括りつけている短槍ダ。街に帰ってから補充すればイイダロ」
「そういう手があったのか! クロスボウよりも相棒としては取り回しが良さそうな感じだな。どうだ、相棒?」
ロギンさんは、簡素な槍を相棒に手渡す。
クイックイッと重量を確認しているのか、投げるモーションを繰り返していた。
が、次の瞬間には槍が相棒の手元から消えていた。
――ドゥンッ!!
俺は馬車の方を向いていて、投げ放たれた槍を目視していない。但し、大気を伝い爆発の衝撃が背中を打つ。
「おい、さっきと大違いじゃねえか! なんであんなに大きな爆発が起こる?」
「すげえナ、流石は魔王サン」
「カツトシ殿、あれは何をどうしたのだ? 地面が抉れておるぞ」
俺と話をしていたロギンさん、それと隣に居たリスラは樽を起爆した様子を見てはいない。だが、ライアンとローゲンさんとアグニの爺さんは大興奮だ。
「ギッ!」
いや、確かに和気藹々とした面子に当て付けたい想いはあった。だとしても、だ。
やるならやるで、先に言えよ! 俺も驚いたんだからな!
どうだと言わんばかりの相棒は、俺に向けサムズアップしてみせる。
その時、カランカランと何かが地に落ちた音が小さく響いた。
「柄だな。これ、繰り返し使えねえだろ?」
ライアンが拾ってきた槍の柄は、半分ほどの長さになっていた。きっと、爆発に巻き込まれて、こんなことになっているのだろう。
「槍ならあと三本あるから、問題ナイ」
「三本で足りるかの?」
「十分だよ。樽を用いる実験は終わりで、次の実験をやる。それにクロスボウよりも槍の方が射程に余裕もあるし、相棒も狙いやすいのかな?」
「槍は樽まで一直線だった。狙いをつけ易いというのは、間違いなさそうだ」
俺が樽を用いたのは、あくまでも起爆が上手くいくかを検討するため。それと樽を用いることで、面倒な工程をひとつ飛ばすことが出来たからだ。
起爆に関して問題がない以上は、次の段階へと進むべきだろう。




