第百四十四話
「リスラ、お待たせ」
「子供たちと一緒に遊んでいましたので、退屈はしていませんよ」
今日は、延期となっていた俺の魔術の実験をするつもりでいる。
リスラとガヌ君を除く子供たちは俺と同部屋で宿泊しているのだが、色々と実験に必要な物などの準備が俺にはあった。そのためリスラには、門前広場の一角で牧場と化している家畜の放牧場で待っていてもらった。
リスラには予備のクロスボウを借りる。リスラ自身は同席する必要はないのだが、本人の希望でこうして待ち合わせることにした。
一昨日の午前中にシードルの仕込みを終えた俺は、ドワーフの鍛冶師兄弟に実験に使う小道具の製作を依頼。作成に掛かる時間を考慮し、中一日を置いて今日が実験日とした。
ロギンさんとローゲンさんは鍛冶師ではあるが、鍛冶仕事のみに従事している訳ではない。お二人の父であるロワン爺さんと同様に、鍛冶仕事もできる何でも屋と称して良いだろう。
鍛冶仕事には炉が必要となる。携行できる炉は様々な制限があるという話で、本格的な鍛冶仕事は開拓地に到着してからが本番だ。
ここフリグレーデンで借用できる設備もあるそうだが、使用料の関係で長時間借りることは避けている。また、二人の祖母が経営している工房は使わせてもらえないのらしく、ケチだ何だと愚痴をこぼしていた。
そんな二人に俺が頼んだ仕事は、掌サイズの樽の試作とクロスボウで運用できる爆発物の開発である。
二人とも創作意欲は旺盛で、何通りかの試作は昨日の内に拝見させてもらってある。その内、使えそうなものを幾つか追加発注した。
準備に手間取っているとすれば、それが原因だろうか?
と、姿の見えない二人のことを考えていた俺の側面に一頭の馬が寄ってきた。
「おっと! お前はどの馬車に繋がれていた馬だ?」
見事な青毛、光の加減では真っ黒に見える農耕馬はデカい。
頭を撫でるには位置が高すぎる。俺が背伸びしても頭頂部に届きはしない。
答えが返ってくるはずのないのだが、問うてみた。
「この馬は後ろ脚に怪我を負っていた子ですね。カツトシ様の魔術で怪我が治り、お肉にされるところを免れたのです」
「そっか。だけど、礼は俺じゃなくて相棒にしてくれよ」
俺は首の付け根をトントンと軽く撫でながら馬に伝える。
鼻先で俺の脇腹やら肩やらを小突いてくる馬は可愛くもあるが、デカい分だけ怖い。
この大きな口でなら俺を頭から丸齧り出来るだろう。そして、その強靭な歯は俺など簡単に食い千切ることが可能だと思われる。
相棒は最近、近しい人々が俺に触れることを阻止しない。それは勿論良いことなのだろうけれども、この馬に対しても同様だと少し不安なのだ。
お肉にされる一歩手前までいったとなれば、感謝の気持ちも一入であるのだろうが加減はしてほしいものである。
「実験はどうするか? かなり大きな音が出ると思うんだよな……」
「それでは家畜たちが驚いたり、怯えてしまいますね」
「一台馬車を用立てて、町の外に出るしかねえだろ? そうなると防風林の魔物を刺激しかねないのが問題だが」
俺とリスラの会話に、ひょっこりと横から口を挟んだのはライアンだった。
子供たちと一緒に居ると自然過ぎて、本当に目立たないから困る。
「子供たちはここに置いて行って平気かな?」
「今日は珍しくガヌも居る。ガヌの姉貴に押し付ければ良いだろうさ」
「馬車か。馬は……お前にしよう」
ブルルと返す馬が立ち去る気配はない。それに開拓団の家畜にしては珍しく相棒に怯える素振りもない。
折角仲良くなったのだ。馬車の牽引を任せるには適任なのだが、どうだろうか?
広場と放牧区画の区切りの柵まで付いてくるところを見ると、期待してもよさそうだ。
「待たせたナ!」
「微調整に手間取っタ。スマヌ」
ロギンさんとローゲンさんも到着し、実験の予定人員は揃った。
ただ、ここで問題が発生する。
「誰か、御者できる?」
首を横に振るのはドワーフ兄弟とリスラ。勿論、俺にも不可能だ。
「俺が出来るが、この姿で門を通れるもんか?」
「無理ダロ!」
「流石に止められてしまいますね」
師匠とミラさんは今日も資材の受け取りに奔走している。ダリ・ウルマム卿も元軍人と元冒険者を率いて、積み込み等の手伝いをしているためにお願いできそうにない。
「ここに居る面子だとガヌの姉貴か? 出来るとは考えにくいし、ガキ共を門外に連れ出すのは避けたい」
放牧場の奥で子供たちと共に家畜と戯れているガフィさんがこちらをチラリと見た。結構な距離がはなれているのだが、今のライアンの発言が聴こえていたのかもしれない。
しかし、その目はすぐに逸らされた。たぶん、ライアンが言うように御者を務めることは出来ないのだろう。
「ライアンが大人に偽装するってのは、どうなんだ?」
「この街にはこの姿で入ってるからな。衛兵を混乱させてしまうんじゃねえか?
もっと管理が杜撰な街や村なら、それで問題は解決だろうがよ」
言われてみりゃ、その通りではある。
何らかの形で入門した人物の容姿を記録してあった場合、入った記録のない者が出てくることになる。入門管理の厳しいフリグレーデンでは大きな問題になりかねない。
「ふぉっふぉっふぉっ、お困りかな? カツトシ殿」
「御者なら私も、お爺ちゃんも出来ますよ!」
「どこから湧いて出た、爺?」
「いや、まぁ、神出鬼没なのは謎だけど。門を通れる上に、この戦力なら防風林も抜けられそうじゃないか」
ブルルルと、馬に急かされる。
結局、御者はミモザさんに任せることにした。アグニの爺さんは防風林を抜けるための戦闘要員とする。
ただ、もうひとつ問題があるとすれば、俺以外の皆が旅装ですらない平服姿であることだろう。
アグニの爺さんとライアンは元々肉弾戦を得意とするから、あまりゴテゴテした装備品は必要ないから問題はない。しかしミモザさん、ドワーフ兄弟、リスラは戦闘要員に数えない方が良さそうだ。




