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第百四十話

 帝国内に潜入できた自身の戦士団三十八名と第二騎士団二十六名、第三騎士団団長ミレイユより預かった第三騎士団二十四名を率い、儂はついに帝都へ至った。

 王国より預かった第二騎士団は二個中隊百二十名を超えていたが、無事入国できた者は過半数にも満たない定員割れの一個小隊。

 当初、二個中隊で先行したと思われた第三騎士団も内実は酷いもので、その半数がデルヴァイム領の行商人で構成されており、こちらも定員割れの小隊編成であった。

 そして儂の戦士団は、信用できる騎士・兵士の家族をデルヴァイム領へと避難させるためにと半数を本国へと残してきたことを悔やみたくなる。

 儂の戦士団、第二騎士団、第三騎士団併せて二個大隊を投入したにも関わらず、無事入国を果たした頭数は増強中隊程度でしかない。

 別動隊となる情報収集部隊三名と合流を果たしたであろうミレイユ隊を含めても、然程の違いはない。それは拘束した第一内務卿の間者と思しき騎士四名の存在が大きいと言わざるを得ない。


 何より正式な入国手続きを経ていない儂らが、帝都の門を叩けばどうなるか?

 そんなものは考えるべくもない。当然警戒され、数多くの兵に取り囲まれることとなった。

 元より抵抗などするつもりのない儂は名乗りを挙げ、衛兵に知己のある帝国軍人への取次ぎを依頼。野営する許可を得たが、知人が現れるまで丸二日も要したのは想定外であった。

 その後は知人の計らいで、不正に入国した咎は保留とされた。

 儂と魔術師の補佐官のみが迎賓館へと招かれ、その他の騎士・兵士は練兵場内に逗留することを許される。

 帝国側の都合を鑑み、本日ようやく皇帝陛下との謁見が叶う予定である。


「将軍閣下、何やら表が騒がしいですな」


「そろそろ呼び出しが来てもよい頃合い、何ぞあったか?」


 迎賓館にて与えられた部屋の窓から見えるは、市街と帝城との区画とを区切る門。

 そこに飛び込んできた魔獣と騎乗者が衛兵に制止され、取り押さえれている様子が垣間見られた。


「帝国近衛の甲冑でありましょう」


「うむ、そのようだの。それにしても、ホバースケイルを騎乗馬として調教しておるとは……」


 流石は帝国と褒め称えるべきだろう。大国であるからこそ、あのような魔獣をも調教できるのだ。

 ムリア王国のような小国では魔獣の調教などに財源が割り振られることは、ほぼ不可能に近い。丈夫で脚も速い魔獣を騎乗馬とするとは羨ましい限りよ。


 取り押さえられていた騎士が身分証を示したようで、拘束を解かれる。

 騎士は身なりを整えることなく、そのまま迎賓館の横を通り過ぎる。部屋からは建物が影となり、その姿は見えなくなった。


 窓の外を眺めていた儂の耳が、扉を隔てた先で複数人の足音を捉える。

 ようやく、待ちに待った謁見への呼び出しであろう。

 部屋の前で足音が止むと、扉が大きく開け放たれた。


「陛下の御前である、控えよ!」


 姿を見せたのは先程窓の外で見たばかりの騎士甲冑を纏ったエルフと思しき者たち。その後に煌びやかな装束を纏うエルフと思しき男が二人と、地味な装束の文官と思しき者たちが続く。

 突然の来訪に驚くもすぐさま向き直り、最敬礼。


「貴殿らは秘密裏に越境した軍につき、公式な謁見は出来ぬでな。こちらに参った次第である」


「本日は謁見の名誉を賜り、恐悦至極に存じます。

 わたくしはムリア王国が子爵ハルム=ラウドと申す者。これはわたくしの補佐を務めますミロムと申します」


 この若いエルフが皇帝か? いや、皇帝はハーフエルフと聞いている。

 皇帝の横に侍り、儂に質問するのは宰相であろう。

 そのようなことはどうでも良いのだ。儂にはやらねばならぬことがある。


「それで、如何様な用向きで遥々帝都まで参った?」


 宰相からの質問に答えることなく、懐から一通の手紙を取り出した。


「ムリア王国デルヴァイム侯爵よりの親書にございます。こちらをご覧くだされば、お分かりになりましょう」


 控えていた騎士が儂から親書を受け取ると危険がないか確認した後、宰相へと手渡す。高位の魔術師が用いる遅延発動術式を警戒したのか、何やら魔具を親書に翳していたが、何もないと判断されたようだ。

 宰相が親書へ目を通し、内容を皇帝へと告げた。


「むむ、ムリア王宮内でのジャガルの暗躍と異界の勇者強奪計画とは……。

 ラウド殿、貴殿に訊ねたい事柄がひとつあるのだが宜しいかな?」


 宰相が述べる親書の内容を耳にし、目を細める皇帝。

 この場に現れてから今の今まで黙り込んでいた皇帝は口を開くと、儂に質問を呈する。


「はい、何でございましょう」


「つい先程駆け込んできた騎士は、今代勇者殿の開拓団からの伝令でな。開拓団は二百もの賊に襲われたというのだ。撃退こそしたものの、勇者殿の婚約者ミラ殿が重傷を負われたという報告を受けた。

 ミラ殿はオニング公国がホーギュエル伯爵のご息女であるからして、開拓団の指揮に相応しいと余と宰相がその役目を担っていただけるよう願い出た」


 儂の額に浮かぶ冷や汗が脂汗に変わる。

 ミレイユが扇動した盗賊団はそれほどに大規模のものであったとは……。否、問題はそこではない。

「勇者とは敵対せずに友好的に接し、知恵を借りよ」と命令書を出したのは儂だ。

 いやいや、それはいい。そうではないのだ。

 皇帝は今、何と言ったか? オニング公国のホーギュエル伯爵と言えば、例の……。

 儂の頭からはサーっという音が聞こえ、血の気が失せていくのがわかる。

 外交に於いて顔色を変えないことは鉄則であるが、この状況は最悪に過ぎる。

 汗を拭う素振りをしつつ、俯いた拍子にちらりと後ろに目をやれば、ミロムもまた顔色が悪い。悪いどころではなく、顔色を失っている! 彼も儂らの置かれている状況を察したのだろう。


「陛下。その場にいた勇者殿の秘術により、幸いにもミラ殿は一命を取り留めたという報告もあったではありませぬか? 伝令が持ち込んだ手紙にはホーギュエル伯爵でも、その秘術の詳細が掴めておらぬとか。されど、禁忌とされる回復魔術ではないとの見解であるようですな」


 宰相が皇帝の言葉を引き継ぐ。儂らが狼狽えるのを横目に見ながら。

 この際、勇者の秘術が禁忌とされる回復魔術であろうが、なかろうがどうでもいい。ホーギュエル伯爵のご息女が一命を取り留めたということが最も重要であるのだ。


「しかし宰相よ。秘術の反動で勇者殿は伏せってしまったという話であったであろう?」


 儂は周囲に悟られぬよう静かに深呼吸をする。

 そして覚悟を決めると今一度、皇帝と眼を合わせた。

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