第十三話
意気込んで迎えた魔法の試験は見事に空振った。それも良い意味でだ。
その後は俺の持ち込んだ、正確には相棒が保管していたドラゴン肉を食べ、ゆっくりと町中を歩きながら宿へと帰った。
そして数日後。
「もうとっくに仕上がってるぞ、魔王様よ」
「あれ、予想より早いですよ」
「とはいえ、試作は遅れているな。もう少し時間が欲しい」
「現状でもなんとかなりますし、そう急がなくても問題はないです」
「そっか、一応試算は済んでる。お前さんに払う金貨も用意してあるぜ。母ちゃん、頼むわ」
この世界、師匠曰く、様々な人種が存在するらしい。らしいというは、俺が実際にこの目で確認したわけではないからだ。
そうなのだけど、例外として俺が懇意にしている武具屋、鍛冶屋さんだな。ここの主人とおかみさん、息子さんやお孫さんはドワーフという種族なのだそうだ。
背の低い、男女関係なく髭面で筋骨隆々な人種の方々である。最初見たとき、女性でも髭が生えているのにとても驚いてしまった。特に失礼でもないらしく、笑って許してもらえたのは幸いだったかも。
「毎回これだけ持ち込まれても買い取れないけど。今回はこれだけ用意できてるよ」
「いやあ、十分ですよ。それに貯め込んだ素材を放出しましたのでね。次回からは数は減りそうです」
本当は今回売りに出した10倍以上の素材の量があるはずなのだが、無理は言えない。付き合いがある以上、無理をしてでも買い取りそうなのがこのご夫婦だ。
相棒の収納量がどのくらいなのかは不明だが、遠征先の町や村で素材を売り払えば済む話である。
「おっと魔王さん! 良い肉、持っているって聞いてるよ?」
「何で……知ってるんです?」
「ハッ、カマを掛けたら当たりかよ」
このおじさんは武具屋や防具屋が集まる場所の傍で露店を営んでいる。俺はてっきり、ドラゴン肉の話がミラさんから漏れたのかと焦ったのに。
「で、何の肉が欲しいんです?」
「何でも良いが高級肉なんて欲しいな。主に自家消費用の家族向けに、少量で構わないんだけどさ」
「なら、ちょっと待っててください。取り出しますから」
露店の裏手から人目のない裏路地へ入り、相棒にドラゴン肉をお願いした。
「これ、かなり上等なお肉です。相棒のおすすめですから」
「何の肉かわからねえけど、脂がのってて間違いなく旨そうだ。礼はこれで足りるかい?」
「いつもお世話になっていますし、気にしなくても」
「そうはいかねえ、こういうのはしっかりとしねえと商売人として失格なのさ」
「じゃあ、この串を3本ほど頂きますよ」
「毎度な、魔王さん!」
師匠やミラさんでも相棒から出てきた肉に難色を示すのに、肉を主に扱う商人は何とも感じないのだろうか? 人によるのか?
本当に値段とか考えると、おっさんの屋台の肉串3本程度では釣り合わないのだけど。ドラゴン肉の価値はトンデモらしいし、今度試しに少量を冒険者ギルドに卸してみようかな。
「あっ、魔王のお兄ちゃんだ!」
マズい! 逃げないと、奴ら登ってくるんだ俺に……。
どういう神経をしているのか、この町の子供は俺を見つけるとダイブし、しがみついたかと思うと俺の体で遊ぶのだ。
「わかった、わかった。一人ずつな、落ちると危ないから」
俺の子供の頃よりアグレッシブだ。一度見つかるとまず逃げ切れない。彼らが飽きるまで付き合うしかなかった。
「相棒やい、子供が怖がらない姿でフォローよろしくな」
主に猫っぽい触手で子供を遊ばせる。触手で高い高いとか何が楽しいのか、俺には理解できないが、子供たちに人気があるのは相棒の方だ。
そしてこの猫っぽい触手は何気に若いお嬢さんらにも、陰ながら人気があるらしいことをミラさんが口走っていたことがある。でも、そんなお嬢様方はそうそう近寄ってこないんだよな、遠巻きにしてソワソワとしているのは感じられるのに。
「うちの子の世話、いつもありがとうございます」
「ああ、いや、良いんですよ。どうせ休養中で暇ですし」
逃げはしたが、捕まってしまった以上ダメとは言えない。多忙な時期は子供たちも一言断れば、寂しそうにはするものの我慢して帰るだけ物分かりが悪いわけでもない。
しかし子供の相手というのは少しなら良いが、長時間となると疲れる。愚痴を零したいところだけど、この子で最後だ。我慢しよう。
子供たちの世話を終えると疲労困憊なので、まっすぐ宿へと帰る。荷物は全部『収納』してあり、手荷物はほぼない。肩掛けの鞄がひとつあるだけだ。
「相棒やい、ご苦労さんだ。ほれ、串肉2本やるよ」
人間の手の形をした触手が伸びてきて、串を掴むとパカリと指先が開き飲み込んだ。この人間の手は別に人間を食ったからではなく、猫っぽいのと同様に標準装備なのだ。勘違いしてはいけない。
勘違いするとそれはもう、恐ろしくて夜も眠れなくなってしまう。実際にこの人の腕の触手を観たミラさんは一時期、俺の姿を見るなり逃げだしていたという事実があるのだ。




