第百三十八話
「素材は鋼でお願いします」
「鋼ですカ? オリハルコンもミスリルも人工物だけでなく、少量ですが天然物の在庫もありますヨ?」
ローファさんは俺が素材に鋼を選んだことに疑問を覚えたようだ。
ドワーフは語尾の発音がやや高くなる傾向にあるのだが、それが更に酷く声が完全に裏返ってしまっている。
ノルデで世話になったロワン爺さんとその奥さんは例外なのか、語尾が高くなることはほぼなかった訳だが。
まさかオーダーメイドの店だとは考えていなかった俺は、紹介してもらっておいて買わないとも言えない。
仕方なく、購入費用と補修費用共に安く済みそうな鋼を素材に選ぶ。
魔法金属に比べて錆が浮きやすく、獣油を染み込ませた布で丁寧に且つ頻繁に手入れしなければならないという手間はある。だが、師匠の財布をあてにする以上、余り高額なものは避けたい。
それに鋼でも十分な防御性能は得られるはず、なのだ。お値段と性能、そして重量を鑑みた上での判断である。
「おい、天然物のオリハルコンもあるってぞ?」
「……ライアン。『収納』を取り戻すまでの一時凌ぎに、そんな高価なものは必要ないよ。まあ、いつ戻るか、わからないんだけどさ」
天然物のミスリルはそこそこ産出されるらしく、相棒に『収納』されている俺の財布の中身でも十分に払える額ではあるらしい。
しかし、天然物のオリハルコンとなるとそうはいかない。謎の儀式級魔法陣を行使した今、残っているかすら不明なドラゴン肉を全て市場に流しても賄えるかわからない程に高額なのだ。
「では、盾の材質は鋼、と。機械弓は構造が複雑でして、制作に三月は掛かりますが宜しいでしょうカ?」
「いや、流石に三か月は……。ちょっと試したいだけなので、今回は諦めます」
「試したいって、お前。それなら姫さんに借りれば良いだろ」
「……わかりまシタ。では、他に必要な物はございませんカ?」
ライアンの言うように、予備のクロスボウをリスラに借りるという手はなくもない。ただ、俺がやろうとしていることの結果如何では、借り受けたクロスボウを壊してしまう恐れがある。
仮に購入したとしても、壊してしまう恐れはあるのだが、自分のものであれば諦めもつく。資金提供してくれる師匠には申し訳ないが、それはそれ。
「鉈はありますか? 出来あいの物で構わないのですが」
工作用にナイフが一本あるけれども、大雑把な加工をするのに鉈があれば便利だと思ったことがこれまで複数ある。それも先の尖った剣鉈などではなく、中華包丁の刃をゴツくしたような普通の鉈。
場合によっては、戦闘でも使える場面はあるだろう。
「ナタ、ですカ?」
「あれ? 鉈は『通訳』されない単語なのか……。ええと、手斧になるのかな?」
「手斧であれば、こちらですネ」
汎用スキル『通訳』のポンコツさに痺れる。
何も初めてのことではない。今までも数回あり、代替できる単語が思いつかない場合よりは遥かにマシな状況ではある。
「……刃がゴツすぎる、完全に斧だな。本格的な斧は、相棒の中にオリハルコンの鉞が一本あるし、必要ないんだよね」
陳列された手斧たちは、なぜか両手斧サイズだった。フリグレーデンに住まうドワーフ向けの商品なのだから当然のかもしれないけれど、俺にはどうあっても扱える重さではない。
それに俺が求める鉈とは完全に別物だった。
「魔王さん、ナタとはどんなもんダ?」
「鉈ってのは、こんな感じで……刃の厚みはこんなもんで、短い柄が刃側に少し傾いて付いてるんだ」
ロギンさんの問い掛けに、俺は屈むと小石を手にし、剥き出しの地面へと絵を描いて説明する。
絵はあまり得意ではないけれども、上手く描けた方だと思う。モデルは俺の家の物置で、錆び付いてはいけど現役だった鉈だ。
「急ぎではないし、開拓地で作ってもらえればいいや」
「これは俺たちが引き受けるゼ! 売れそうだからナ」
「確かに、刃の薄く軽い斧か? アリだな! ロギン、俺にも一本頼む」
「おう、任されタ」
先代勇者サイトウさんは政治や農業、大きな建物などの技術や方法を広めていたようだけども、こういった細々としたモノは伝えていないのかも?
ならば俺は、生活に密着した細々としたことをわかる範囲で示していこうかな。
その範囲はそう広くもなく、父と兄貴のお陰で酷く偏るんだけどな。そこは勘弁してもらいたい。
「あんたたち、商売の邪魔するのはおよしヨ!」
「ローファ姉ちゃん、魔王さんも別段急ぎでねえって言ってたじゃねえカ」
「今回は大目に見るけど、今晩は飯抜きダヨ」
「……ちょっ!
そんなことより、ローファ姉ちゃん。爺様はどこだ? 家には居なかっタロ?」
いくら望みの品がなかったとはいえ、他の鍛冶師に仕事を頼んだのは事実。ローファさんとロギンさん兄弟には血縁関係があるようだが、それはそれ、これはこれだろう。
しまった! と思った時には既に遅かったようだが、ローゲンさんが強引に話題の歩行転換を図る。
俺はライアンと視線を交わすと、その方向転換に便乗する。以降、俺とライアンは置物と化す。
「爺ちゃんは石工だからネ、今のこの街に仕事は無いんだヨ。ダカラ、東の砦で壁の修復をやってるはずサ。
仮に仕事が終わってたとしても、真っ直ぐ帰ってこないのはロの一族の宿命だろうネ」
「「……爺様」」
質問したローゲンさんと静かに聞いていたロギンさんは、額に手をやると天を仰ぐ。天を仰いだところで、ここは洞窟内。
見えるのは岩盤だけだ。




