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第百三十七話

「ほう、勇者様……とでも言うと思ったのかイ? こんなぼーっとして、賢そうにも見えない人族が勇者なもんかイ! 勇者様ってのはね、相当に頭の切れるお方という話だったはずダヨ。このフリグレーデンの礎を築きあげたお方なんだからネ!」


 ロギンさんとローゲンさんの祖母らしき女性は、どうやら俺が勇者の偽物であると判断されたようだった。話に出てきた、頭の切れる勇者というのは先代のことを指しているのだと考えられる。

 一部酷い言い回しをされていたけれども、き、き、き、気にしないぞ!

 

「……あ、あの、婆ちゃん。そちらの人族の青年は、本当に今代の勇者様ダヨ。市街区長もそう仰っていたモノ」


「婆様、魔王さんが涙目になってるゾ」


 何を言うか、ロギンさん。俺は涙目になど、なっていない!

 ただ、正直に名乗り出たのに評価が余りにも低いので落ち込んでいるだけだ。

 先代勇者サイトウさんの偉業に対し、未だ何も成し得ていない俺はその足元にすら及ばないのだと改めて知る。


「婆さんの言っているのは先代勇者のことだろ? 先代が幅広い知識を有した勇者なら、こいつは比類なき武威を誇る勇者だ」


「そうだゾ。魔王さんは百を超える馬賊集団を一瞬で壊滅させたばかりだからナ!」


 ライアンもローゲンさんもヤメテ! 誇張しすぎだから。

 野盗の襲撃を退けたのは開拓団の皆が協力して迎撃したからであって、俺だけが戦った訳じゃない。それに俺は戦いの最中に悩んだり考えすぎたりで、皆の足を引っ張ってばかりだったんだ。


「……そうかい、そりゃすまななったネ」


「婆ちゃん、大口の取引先はこの勇者様の開拓団なんダヨ! ちゃんと謝って、ホラ」


「あの、謝罪はもう受けましたから。そんなことよりも、武具を見せていただけませんか?」


 俺は別に気を害したりはしていない。ほんの少し……いや、何でもない。

 開拓団がフリグレーデンにいつまで逗留するのかは不明だが、それでも有限であることには違いない。

 ならば俺は、俺が働くのに必要な物を揃えておくべきだ。

 そのための資金は今、手元に無いが……師匠にツケが利く!


「ローファ、売り子の仕事シナ」


「……婆ちゃん。このことは絶対、母さんと父さんに話すからネ。

 勇者様、こんな祖母で申し訳ございません。それで武具は何をお求めでしょう?」


 俺を凝視した後に目礼だけして、ロギンさんたちの祖母は工房の奥へと去って行った。その祖母への憤りが抑えきれていない女性、ローファさんだが、変わり身は存外に素早い。

 先程まで怒りを露わにしていた表情からは想像しがたいほどの愛想笑いを浮かべ、揉み手しながらの接客モードへとシフトする。その余りの違いに、ロギンさんとローガンさんも苦笑いだ。


「サークルシールドか、それに近いものを。それとクロスボウ、こっちだと機械弓でしたかね?」


「中型の盾と機械弓ですね。では先に盾からお持ちしましょう」


 一軒分の店はそう広くはない。既に陳列されている商品以外は、工房の奥から持ち出す必要があるようだ。


「支払いは兄さん持ちなんだろ? どうせ自分の金じゃねえんだから、ちょっと良いものを選ぼうぜ!」


「普通ので良いよ。あまり良いやつだと、補修費用も馬鹿にならないし」


 武具の手入れや定期的な補修は怠れない。俺自身が行う手入れだけならほぼ無償だが、補修に出せば幾らかのお金が掛かることになる。

 武具を構成する素材が高価であればあるほど、補修費用もそれ相応に高額となる。

 購入費用は師匠が持ってくれるが、補修費用など運用に掛かるお金まで出してもらえる訳じゃない。

 ほぼ初期化された相棒が再び『収納』を取り戻すには、結構な時間が掛かるはずだ。『収納』は、こちらで一年ほど経過した頃に入手した能力だから。 

 とはいえ、補修費用等をこれから稼ぐにしても、まだ開拓地を目指している途上では冒険者ギルドの依頼遂行など不可能に近い。

 まず確実にミラさんに借金することになる。

 そうである以上、なるべく補修費用が掛からないもの、且つ良質なものを選ぶ必要がある。

 クロスボウに関しては、どんあものがあるのか確認するだけ。枝がなく、触手が一本しかない相棒では普通の弓矢は扱えないのでね。

 安価であるならば、購入を検討したいところだ。無理だろうな。


「一般的なものをお持ちしました。お手に取り、お確かめください」


 雑談をしつつ待っていると、工房の奥から複数の盾を重ね持ったローファさんが戻ってきた。

 ローファさんが空いていた陳列机の上に盾を置く。すると、初対面の人物がいるために姿を消していた相棒が現れ、盾へと触手を伸ばす。


「……ひっ!」


「ローファおば……姉ちゃん。大丈夫、魔王さんのユニークスキルだヨ」


 何かを言い間違えたローゲンさんをロギンさんが右肘で小突く。

 相棒の出現に驚きを露わにするローファさんはそれに気づくことはなく、問題は見逃されたようだ。


「相棒、その盾は俺が使うんだ。お前、今、一本しかないからさ」


「ギィィィ」


「お前は基本攻撃担当だ。まあ、本当に危ない時は守ってくれよな」


「ギッ!」


 相棒は少し渋ったが、納得してくれたようだ。

 俺は相棒の手から小盾を受け取ると、左手で持ちを掴む。小盾やバックラーと呼ばれるだけあって小さく取り回しは良いが、受け流しを主とする盾とはいえ、防御面が狭すぎる。

 次に相棒が渡してくれたのは、カイトシールドと呼ばれるアイロン型で中型の盾。中央部が山なりに縦に膨らんでいるのが特徴。これも受け流しを主とする盾だが、受けにも耐えられそうだ。

 最後にホプロンなんて呼ばれる緩やかな半球状で中大型の円盾。理想的な大きさだけど、俺が扱うにはやや重い。大きさも形状も相棒に『収納』されているものに近い。


「相棒、どれにしよう?」


「ギッ!」


「カイトシールドか。まぁ妥当だろうな」


「形状はカイトですね。次は材質ですが、何がよろしいですか?」


「え?」


 相棒が選んでくれたカイトシールドに決めた! と思いきや、まだ商品選びの途中だったらしい。

 ローファさんの持ってきた複数の盾は、どうもオーダーメイドの見本であったようだ。

 ヤバい、師匠のお財布の危機だ!

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