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第百三十五話

 師匠の鋭い眼差しは俺を見据えたまま。

 正に、蛇に睨まれた蛙のように身動きすらとれそうにない。

 だが、相棒は俺とは違い、師匠に臆することなどない。


「あ、相棒、ライアンを!」


 師匠に睨まれ怯えた心を奮い立たせ、相棒にライアンの確保を頼む。

 そのライアンはというと、聞き耳を立て俺たちの会話を盗み聞くことが可能な距離を保っていた。

 その行いは俺にとっては幸運であったが、ライアンにとっては死活問題となる災いを招くことになる。


「うおわぁぁぁぁ」


 師匠の言葉に従い、ライアンより少し後方を歩いていたミラさんたちも驚いているが、今はそれどころではない。

 あの夜のミラさんの暴挙の原因であるライアンを巻き込む必要があった。いや、この場合は少し違うな。死なば諸共といった感じか。


「兄さん、あれは事故なんだ」


「何が事故ですか? 嫁入り前の娘に手を付けるなど、言語道断です!」


「いや、本当に事故なんだよ。襲われたのはこいつの方だから!

 俺が兄さんに頼まれていた元気の出る薬を部屋に届けた後、ミラが勝手に使ったんだよ」


 ライアンは聞き耳を立てていたこともあって、説明を省くことが出来た。

 そしてライアンは、俺の弁護と自身の行いに責がないことを証明するかのように、師匠へとあの夜に起こったことを順を追って説明していった。


「すると何ですか? 僕が予定よりも早くノルデに発ったことが原因と?」


「そうだ。俺は兄さんがそんな動きをするとは知らないまま、薬を届けたからな。

 まさか、受け取ったミラが勝手に薬を使い、更にはこいつを襲うなどとは考えもしなかったぜ」


「それではカットス君を責めるは、筋が違いますね。寧ろ、カットス君の方が被害者ではありませんか……」


 師匠は矛を収めるように優しくはないが厳しい表情を保ったまま、俺に笑い掛けた。しかし俺は、その師匠の表情に対し、顔が引き攣るのを止められない。 

 その理由は、あの夜以来、俺とミラさんは双方合意の元に何度も肌を重ねているから。

 その事実を師匠に知られるのは今以上にヤバい。そうなれば、もうライアンを言い訳に使えないのは明白だ。

 このままこの話を終わらせることが出来ねば、俺が生き永らえることは不可能だ!


「閨の作法をファビアが指南していたのは初耳ですが、領地に帰り次第問い質すことにしましょう」


「やめろ、義姉さんを巻き込むな! 俺やこいつが犠牲になるんだぞ!」


「何を慌てているのですか? 僕はただファビアを問い質すだけですよ?」


「俺の元に兄さんとは別ルートで手紙が届くんだよ! どこをどう辿って来ているのか知らねえがな。兄さんはささっと領地に戻ってくれ。後のことは俺が引き受けるから!」


 ライアンは余程ミラさんの母親が怖いらしい。以前、あの徹夜会合でも言っていたな。

 確かにこちらの不便な情報伝達方法で、どこに居ても手紙が届くとか、非常に恐ろしいと言わざるを得ない。否、恐ろしいというよりも気持ちが悪い。

 それは、ずっと監視され続けているということなのだから。


「それはファビアが公国暗部と密接な関係にあると考えるのが妥当ですかね」


「兄さん、笑い事じゃねえんだよ! シギュルーの眼でも追えない監視とか、勘弁してくれよ」


 ライアンは、ほとほと困り果てていた。

 そこで俺は思い出す。俺もまた他人事ではないのだと。

 これだけ困り果てたライアンと同様に、次は俺が監視対象となる可能性は否めない。何せ、ミラさんの母親が勧める政略結婚を妨害した張本人なのだ!

 とはいっても、俺がこの兄弟の話し合いに参加することは憚られる。ライアンさえ少し黙れば、この話し合いはすぐにでも終わるのだ。

 師匠に妙な勘が働かない内に終わらせてしまいたい、という思いが強い。


「今回は大目に見ましょうか。カットス君はミラの命の恩人でもありますからね」


「その代償も大きいがミラがアンデッドになることもなく、無事に助かったんだ。ミラ自身が礼を先払いをしたってことで、解決だな」


「何ですか、その言い草は! もう少し言い様があるでしょう」


 何にせよ、師匠とのお話し合いには決着が付いた。

 俺はもうこの騒がしい兄弟を放って置くことにする。急ぎ、ミラさんたちと合流しよう。



「父上、怒っていたようだけど大丈夫なの?」


「まあ、なんとか」


 俺はライアンのお陰で一命を取り留めた。あの弁護が無ければ俺は今頃、師匠の魔術の生贄になっていただろう。

 でも、それはミラさんには伝えることのできない事実。ライアンの正体は、ミラさんには秘密なのだ。


「申し訳ありませんでした、カツトシ様」


 まあ、リスラのあの一言が無ければ、師匠の逆鱗に触れることもなかった訳だが。いずれバレていた可能性もあるにはある。

 ライアンが近くに居る時で、逆に助かったとも言える。モノは考えようだ。

 それよりも問題は―― 


「サリアのことなら気にしなくても良いわ。私も幼い頃に父上のお嫁さんになるって言ったことがあるもの」


「サリアはその場のノリで、アタシに続いただけのようなのです」


 あぁ、良かった。俺はそちら方面の紳士では決して、ない!

 ミラさんやリスラに勘違いされていないかと、気が気でなかったのだ。

 こちらでも子供に手を出すと、ライアンを婿としたキア・マスと同じ扱いを受けることになる。それはイヤだ!

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