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第百三十四話

 結局は相棒の要望に応えることになり、触手の全長の半分を洗うハメになった。

 半分といえば肘関節までとなるが、相棒に関節などはない。

 ウネウネと延びる触手の先が人の掌を象っているだけだ。以前、『融合』によって為されていた他の触手であってもそれは同様であった。


 俺が相棒を洗っている間にも、馬車の各部を点検し終えたらしい。

 勿論、俺だって点検作業に手を抜いていない。

 ただ、五十名を超える人数での確認作業なのだ。そう時間が掛かるものでもない。

 点検を終えた一行は、再び金属製品を扱うバザールに向けて歩み始める。

 当然先導するのは、ガフィさんとガヌ君だ。


「そういやライアン、シギュルーはどうしたんだ?」


「あいつはあれでも魔物だから、街に入れるのはマズい。それにあいつは好奇心が旺盛でな。お前にちょっかいを出したように、何かしら問題を起こすのは間違いない。だから、防風林に置いてきた。

昼間ならアサシネイト・バブーンにだって後れを取ることはないだろう」


 昼間ならって、夜はどうするつもりなのか?

 まぁ、大丈夫なのだろう。元々、ライアンが呼び出すまでは、そこらを飛び回っていたのだるからな。

 俺が心配する必要はない。余計なお世話か?


「そんなことよりもお前、どうするんだ?」


「何が?」


「金だよ、金。武具を買う資金は、どうするんだよ? その大事に握っている金貨一枚程度で買える武具なんてどこにもないぞ。まして、フリグレーデンの金属製武具となれば猶更だ」


 そんなことは百も承知だ。ちらと俺の後ろを師匠たちと共に歩くミラさんを見る。


「ミラさんに借りる」


「お前の相方の中に収めた資材や家財道具が、いつ取り出せるようになるかわからないんだ。最悪、資材を買い直す必要もあるから、費用は嵩む。

 そうである以上、あのケチんぼのミラが金を貸すとは思えないが、な」


 確かにミラさんはケチだ。それは開拓団を纏め役であるからであって……いや、元からか。そういえば俺の財布を握ろうとした時も、武具の手入れに掛かる費用に異常に驚いていたっけか?

 でもなぁ、必要な物を買うことには寛容である、と思いたい。でないと、色々と困る。

 

「訊いてくる」


「行ってこい」


 ライアンに断りを入れて立ち止まる。待つのは、少し離れて歩いてくるミラさんだ。


「ミラさん、お願いがあるんだけど……」


「何よ? はっきり言いなさいよ」


 体調こそ万全でないようだけど、その勝気な態度はいつものミラさんだ。

 相棒の『収納』が無効化してしまったことは、俺の責任では無い。全て、野盗が襲撃してきたことが原因なのだ。

 だから、それを強調しようと思っていたのだが、回りくどい言い方ではミラさんの機嫌を損ねかねない。ここは単刀直入にお願いするのみだ。


「お金を貸してほしいんですが……」


「あんた、大金貨とか沢山持っていたでしょ?」


「それは相棒の中に『収納』されていて、今は取り出せないんです。なので、最低でも盾を買うだけのお金を借りられないか、と」


 俺の言葉を聞いたミラさんは押し黙るが歩みは止めない。

 これはライアンの懸念が当たっていたのか、期待は薄そうだ。

 まぁ最悪、相棒の触手を矢を受けた時のように大きく開き、盾の役目を担わせることも出来なくはない。それでもちゃんとした盾は欲しい。弓は諦めよう。

 俺自身が盾を持ち防御に徹することで、相棒の汎用性を活かすことが可能になる。

 相棒の中に収められている大盾でなく円盾に似たものであれば、俺の膂力でも十分に扱うことは可能なのだ。


「資材と食料を買って、余るようなら貸してあげるわ」


「ミラ、準備金は資材や食料を補充したくらいで枯渇しないでしょう? 使う必要がある時にお金は使わないと、腐りますよ」


「父上、そんなことはわかっています。ですが、この資金は開拓団のもの、利己的な判断など許されないのです」


「こんなにお金に厳しく育てた覚えはないのですが、ね。

 では、カットス君の武具の代金は僕が持ちましょう。以前した約束もありますからね」


 流石は師匠、ありがとうございます。

 何かしらの得物を買って貰えるという話だったけど、覚えていてくれただけでも十分だ。


「僕とミラ、それと殿下は工房の奥には入れませんので、カットス君自身が選んでください。ロワン氏のご子息に目利きをお願いするのも良いでしょうね」


「父上、なぜ立ち入ってはならないのですか?」


「ここフリグレーデンは、ラングリンゲ帝国が誇る金属精製の一大拠点であり、帝国を支える金属産業を秘匿するための街なのです。

 街への入場を許されただけでも、僕たちにはかなり譲歩していただけているのですよ。本来なら外国籍の貴族など、どれだけ家格が高かろうと門前払いされても文句は言えません。

 ですから、金属の精製や加工の要たる工房の奥にまで入れろ、などとは間違っても言ってはなりません」


 なるほど。

 だが、ミラさんは納得がいっていない様子だ。


「私とル・リスラはカットスの妻。延いては帝国の臣であるはず。それなのに、なぜなのですか?」


「それはあくまでも婚姻関係が成立して以降の扱いです。ミラも殿下もまだカットス君の婚約者でしかありませんからね」


「(妻の務めは果たしているのに……)」


「何か、言いましたか?」


 マズい! ミラさんを止めないと。

 師匠に今、それを知られるのは非常にマズい気がする。

 最近はしていないけど、俺もミラさんも夫婦らしきことはしている。ミラさんが貴族の娘であることを踏まえると、婚前交渉が許されるとは考えにくい。

 しかし俺は、ミラさんに気を払いすぎていたようで――


「アタシも早くお姉ちゃんのように、カツトシ様のご寵愛を賜りたいものです」


「サリアも!」


 リスラの発言に驚き、サリアちゃんの言葉にどん引く。

 リスラとサリアちゃんの見た目年齢はそう変わらないが、ってそういう意味じゃねえ!


「カットス君、少し良いかな? 場所を変えよう。ミラたちは先に行きなさい」


 あっ、やべ。

 恐る恐る師匠の表情を伺うと、その目付きが鋭く変化していた。

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