第百二十七話
「婿殿はこう見えても齢二十八の大人である。この大陸でも特に珍しい種族であるとだけ申しておこう」
「些か納得できぬ部分があるが、団長のお言葉である。認めぬという訳にもいくまい。先発した冒険者らの報告書に参戦した子供がいるとあったが、そなたのことか」
あの徹夜した晩にライアンは言っていた。母もまた魔人族であると。
母親の身の安全を図るため、ライアンが魔人族であることは秘さねばならない。
その約定をダリ・ウルマム卿は、ギリギリのラインで守っているのだ。
「しかし、儂の言うことは全く聞かぬというのに、ウルマム殿の言葉は信用するのだな?」
「ウルマム団長はオレの元上官。信頼に値するのは必然だ」
「東砦の防衛戦後、亡き友の子を引き取り退役したのだったな? まさか、その子が当時の赤子であるとは考え及ばなかったが……」
ライアンが引き起こした混沌とした空気は去ったが、雑談が続くのもどうかと思う。世間話をしに来た訳ではないのだから。
だが、ガヌ君とサリアちゃんの身元を知れたのは良いことだ。
ガヌ君には姉が居り、話の内容から母親も存命であるようだ。
サリアちゃんは、戦災孤児というものだろう。その事実自体は悲しいことだが、モリアさんとの触れ合いで見せる笑顔からは本当の親子のようにも見える。
「お爺ちゃんも叔母さまも話を戻してください。ダリ・ウルマム卿も、です」
「おっと、すまぬな。ミモザ、小僧に関することは開拓団員を含めて他言無用じゃぞ。他の者も良いな?」
アグニの爺さんの問いは正確には俺たちではなく、モリアさんと職員さんに向けられたものだ。俺担当の受付嬢ミモザさんはその引き合いに出されただけで、恐らくは事前に聞かされていてもおかしくはない。
実際に、ライアンの話を耳にしても一切驚いているようには見えないのだ。
「では話を戻しましょう。
賊がジャガル商人に扇動されたと判断できかねると?」
「ライアンから齎された情報によれば、隊商に偽装したムリア王国騎士と軍馬が国境を越えているとのことだったか?」
「そうだ。今回の襲撃がジャガルの企てとすると、奴らは何のために姿を偽ってまで国境を越えたのか、疑問に思わない方がおかしい。
だが、俺は奴らが入国して以降の情報は持っていない。後任に引き継いだからな」
「ムリアの騎士が入り込んだという情報は帝都経由で得た。
軽く探りを入れたところ、都市ではなく主に宿場町内部に潜伏していたとの報告がある。数日前には百を超える軍集団が帝都へ向かう街道を進んでいた、という報告も受けたばかりだ」
「帝都か、それならば好都合だ。ライアンの怒りを買った愚息を帝都への報告に走らせてある。遅くとも数日中には帝都の情報を持ち帰ることだろう」
俺が目覚めてから見たクド・ロックさんの鎧の腹部には、ライアンの拳の跡がクッキリと残っていたもんな。
ライアンは温厚な師匠とは異なり、普段は温厚だけれど本質は激情型なのだ。
俺もあまり怒らせないようにしないと、俺の革鎧の防御力など意味をなさない恐れがある。柔らかパンの試作前後には怒りを露わにすることがあったから、本当に気を付けないとマズい。
「ミスリル貨造幣騒動以降、ジャガルに借りがあるムリアのことだ。同調したか、一枚や二枚噛んでいたとしても、何も不思議じゃねえだろう?」
ミスリル貨造幣騒動というのは初めて耳にする単語だ。
いつもならミラさんに解説をお願いするところだけど、今日は隣に居ないのでミモザさんにお願いする。
「(ミスリル貨造幣騒動とは?)」
「(ミスリル貨造幣騒動というのは、ムリア王国が数年前に造幣した大銀貨のことです。あくまで人工ミスリルではありますが、ムリア王国が発行したそのミスリル製の大銀貨は大きさから帝国金貨にして二枚相当の価値がありました。
本来であれば金属の持つ価値よりも貨幣価値を高くする必要があり、合金とすることで金属としての価値を下げる工夫をするものなのですが……ムリア王国ではそのような措置を執らず、純度の高いミスリルのまま発行されたのです。
そうなれば後は簡単です。周辺諸国は挙ってムリア王国政府の両替商へ駆け、その悉くを帝国貨幣や公国貨幣と換金しました。換金されたミスリル貨は鋳溶かされ、武具などに加工されたと聞き及んでいます。
そのように散財したムリア王国は、ジャガルから借金をして国庫を補います。ジャガルはそこに付け入り、ムリア王国の宮廷内に入り込んだという噂があります。
また、ムリア王宮の権力者にミスリル貨幣の発行を促したのもジャガル商人であり、両替商に詰めかけた者の大半もジャガル商人であったという噂があります)」
「(わかった、ありがとう)」
なるほど、なるほど。
話の要点から察するに、価値あるものを赤字覚悟で売り捌いてしまったということだな。しかも、入れ知恵した者に騙されて……という、なんともお粗末な話だった。
でもこれって、国家規模の詐欺だよね? 騙されたムリア王国の人たちも何を思って、こんな酷い話に乗ったのか気になる。
「じゃあ結果は義兄さんたちが戻ってから、だな」
「開拓団はいつまで逗留するのか知らないが、情報をまとめておく。
それと、イラウでおかしな真似をする奴の調査も任せてくれ。開拓団は気にせず、フリグレーデンに入ってほしい」
「なんぞ、嗅ぎまわっている者がおるのか?」
「だから、任せておけっての! ここイラウは治安こそ良くはねえが、住人の殆んどがうちの管轄だ。表立ってそうは見えない者たちでさえも、な」
この街に入ってから行き交う人たちは、やたらと視線が鋭かった。その理由がわかった。
俺も好い加減、こちらの世界の在り方に慣れてきているからこそ、その視線に気付けたとも言えるかな。
でも、あんなに鋭い視線では、何か探っていると逆にバレそうな気もするけど。
そこは情報収集のプロであることだし、俺では計り知れない何らかの方法でもあるんだろうな。




