第百二十六話
ガヌ君は姉であるガフィさんの鎮静剤の役目を担い、尊い犠牲となり果てた。
愛くるしいトラ猫だと思っていたガヌ君が、実は虎の子供であったという事実と共に。
「賊の撃滅より早三日、戦後処理はこちらの冒険者に引き継がせております。残る作業も遺体の焼却や街道の整地、そしてフリグレーデン及びイラウ周辺の哨戒となりますゆえ。
開拓団員の入門審査につきましては、ほぼ完了との旨をフリグレーデン所属の衛士隊より報告を受けています。
衛士隊隊長ペルヤ・クーは入門に際しまして特例措置を執るとのこと。
ホーギュエル伯爵及び同令嬢、リンゲニオン第八姫ル・リスラ殿下、ゴブリン族の御三方には、生産・製造区画への立ち入りを厳禁とする形で入門を認めるとのことです」
「うむ、建前としてはそれで十分であろう。では、本題に入ってくれ」
イラウは街の外観からもある程度察せられるが、治安が余り良くないのだ。
従って、まだ本調子ではないミラさんには父親である師匠が付き添い、タロシェル君とミジェナちゃんの双子にはリスラが付き添っている。同様にゴブリン族の三名にはドワーフ兄弟が常に寄り添う。
その十名を一カ所にまとめ、周囲を元冒険者や元軍人で固めている。勿論、他の開拓団員も、その周囲に滞在するように指示されている。
尤も、つい先日に野盗の襲撃を受けたばかり。指示に反する行動をとる者など、誰一人として存在しないのは当たり前のことだろう。
「捕虜を尋問した結果、この度の襲撃の裏には何者かの助言があった模様です。
最も多く得られた証言は、ジャガル商人が勇者様を高値で買い付けるというものでした。次に多数を占めた証言では……東国連合の関与となっております。
賊を招集した主力である馬賊の首魁、開拓団最後尾を襲撃した部隊長が人族であり、東国連合から我が帝国に密入国した間者であるとの話ですが、あくまでこれは噂の域を出ていないようなのです」
「――あっ! いや、なんでもない、です」
「勇者殿、どうなさった? 何か思い当たる節でも?」
思い出した!
それは、ずっと俺の頭の片隅に引っ掛かっていた『収納』絡みの事柄。
開拓団の馬車列後方での戦闘に於ける最後の奇策。野盗を生きたまま相棒に『収納』させたという事実。
その後『びぃむ』を撃ったり、ミラさんのことがあったりで、スッカリさっぱりと忘れていた。
しかし、どうしたもだろう? 今の相棒は『収納』を使えない。取り込んだモノを取り出せないのだ。
あれから既に三日経過している。戦闘で疲弊し、飲まず食わずの状態の彼らは果たして無事なのだろうか?
もし無事であったとしても、この先いつ『収納』が復活するか不明。
それに『収納』が復活したとしても、腐った人が出てきたりしたら吐く自信が十二分にあるぞ、俺には。
「俺が見た奴の記憶ではジャガルの商人の関与が濃厚だった。偽装した俺を確保し、売り払う目論見でいたようだしな。
ただなぁ、ジャガルの商人はその悉くが西の国境に足止めされているんだよ」
「なんだい!? そんな情報、オレの所には届いていないよ?」
「婿……ライアンの情報網は確度は高いが少し特殊でな。陛下と宰相閣下など国の上層部が秘匿しておる。情報そのものは少し遅れて共有されておるはずだが……重要な情報であるからして、帝都内の密偵に限定されておる可能性は否めぬな」
ライアンの話す内容はクド・ロックさんをぶん殴った後の出来事と、徹夜会議の最後に報告したことだ。ライアンの特殊性についてはダリ・ウルマム卿からモリアさんに伝えられた通りだ。
一人称を『オレ』と称したのはモリアさん。そんなに濃くはないが髭が生えているので、違和感がほとんどない。女性だというのに。
「そんなことよりも、サリアよりも幼い子を密偵に仕立て上げるなんて……陛下はどうかしているよ!」
「……はぁ」
ライアンは、その見た目から子供扱いされることは仕方がないとしても、溜息は止められないらしい。
「ライアンを尋問官に加えるのはどうかの? 記憶を読み取れるのだから、取れる情報の確度もピカ一じゃろう」
「冗談じゃねえ! あの時は怒りで冷静でなかったから強引に覗き込んだが、相手の意識があって抵抗されると直近の記憶しか見えねえんだよ。それにな、抵抗されると俺の方もリスクを背負い込むことになる。最悪は、相手の意識の中から戻って来れなくなるって話だ」
「なんと! 記憶を垣間見れるなど、密偵にとって最高のスキルではないか」
「ふむ……小僧のユニークスキルは優秀じゃが、リスクがあるのでは致し方ないの」
「(クソ爺が! 余計なこと言ってんじゃねえぞ。だが、この眼をユニークスキルとしたのは褒めてやる。以後、俺もそう偽ろう)」
ライアンのユニークスキルは師匠と同じ『解析』であるらしい。その姿を見たことはないけど。
既に野盗の襲撃で多用している魔人の眼、魔人であることを伏せておきたいライアンとしては、ユニークスキルと強弁するのは良い案なのかもしれない。
「で、なんなんだい、この子は? 陛下の秘蔵っ子か、それとも親父の?」
「ふふ、彼は我が不肖の娘キア・マスの婿殿である!」
「……はあ? 団長、それは幾らなんでも冗談が過ぎます。行き遅れの末、子供を毒牙に掛けるなど許されざることです」
「小僧、すまぬな。モリアよ、お主も他人ごとでは済まぬじゃろ?」
ライアンが正体を明かさないことがここでも問題を生んだ。
疑問を呈したままのモリアさんに、婿と宣言し胸を張るダリ・ウルマム卿、果てはアグニの爺さんの煽り文句である。
ガヌ君と姉のガフィさんは我関せずと、姉弟の親睦を深めている。
取り残されたのは俺と俺担当の受付嬢、モリアさんに抱きかかえられたままのサリアちゃんに、この冒険者ギルドの職員さんだ。
室内は、混沌と化した。




