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第百二十二話

 役得です。

 アタシは今、カツトシ様を膝枕しています。

 カツトシ様はアタシには甘えることはありません。ですから、このような機会を逃す訳にはいかないのです!

 それに私がカツトシ様に近付くと、ミラお姉ちゃんは落ち着きがなくなります。

 基本、ミラお姉ちゃんは私を邪険にも蔑ろにもしませんので、無意識なのかもしれませんがね。


 そのミラお姉ちゃんは、アタシとカツトシ様の隣で健やかに寝息を立てています。

 ライアン様にお聞きした様子ですと、あの大きな球体の魔法陣は治癒魔術ではなかったようなのです。ライアン様ご自身も理解が及んでいないそうで、はっきりしたことはわからないとのこと。

 そして、魔術を行使したカツトシ様に目立った外傷はありませんでした。

 ですが、触手さんはその本数が一本にまで減少していますし、カツトシ様もまた満身創痍で、意識を手放し眠ったままなのです。


 眠り続けるカツトシ様は、夜通し涙を流し続けていました。

 意識を失ってさえも、ミラお姉ちゃんの安否を気にしておられるのでしょうね。


 アタシも途中うつらうつらと眠りに落ちたりもしましが、この膝枕の姿勢を崩すことはありませんでした。

 幌の隙間から陽光が差し込んできています。きっと、夜が明けたのでしょう。

 それでもアタシはカツトシ様の額と頭部を撫でます。撫で続けます。


◆ ◆


 

 頭を優しく撫でられている。そんな感触を覚える。

 ……俺は眠っていたのか? いや、待て、今はそんな場合ではないはずだ!


「――ミラさん!」


 飛び起きようとしたが、身体が言うことを利かない。

 全身の筋肉が強張り、軽く頭部が浮いただけだった。直後に落下、衝撃を覚悟する。が、俺の頭部は柔らかなクッションに受け止められた。


「カツトシ様、気が付かれましたか?

 お姉ちゃんは無事ですよ。カツトシ様と触手さんのお陰です」


 リスラの声だ。間違いない。

 しかしどういうことか、目が開かなかった。

 指先で瞼に触れてみると、目ヤニでガッチリと接着されていた。

 

 急ぎ目を洗いたいが、立ち上がることもできない。

 仕方なく魔術で対処することにする。

 両手を目に当て、ドケチ魔術H2Oを展開。目を洗うだけにしては多すぎるが、気にしない。水でふやけた目ヤニを擦って洗い流した。

 

 目をゆっくりと開くと、リスラの顔が飛び込んできた。


「――いっ」


 一瞬だけ、光を感じる。その光が目に染み込む感覚と痛みで、再び瞼を閉じる。

 前にも一度だけこんな経験をしたことがあったな。例の如く、兄貴絡みなんだけどさ。


 その日、兄貴は勤め先の会社から家庭の電源でも使える溶接機を借りてきていた。

 鉄板とアングルと呼ばれるL字の鋼材で箱のようなものを作っていたんだ。

 で、俺と弟はそれに興味を抱き、間近で観察していた。

 でも、俺と弟に溶接の知識なんて欠片もない。いいや、兄貴がお面を被っていることに違和感を覚えるべきだったんだけど……。

 結果的に俺と弟は溶接の光を直視して、目を焼いてしまった。


 翌日は二人とも学校だったのだけど、休んだ。

 光が沁みて痛いのと、眼球の表面と瞼の裏側が擦れてコロコロするのが気になって仕方がなかったのを覚えている。

 目薬と、時々冷水で目を洗うことで、その翌日にはなんとか目を開けられるようにはなったんだ。

 要は、相棒の発光で同じことに至ったのだ。熱は一切感じなかったけど、光量は凄まじかったもんな。


「ミラさんは無事なんだね、良かった。相棒、ありがとうな」


「はい、今も隣で眠っていますよ。ですがカツトシ様、目をどうかされたのですか?」


「うん、ちょっと目を焼いたっぽい。今日は目を開けらそうにない、かな」


「それはどのような? 大丈夫なのですか?」


 先程ちらと見たけど、ここは馬車の中だった。水を垂れ流すのは心苦しい。床材が後々に腐っても困る。

 リスラに誘導してもらい、馬車の長椅子に腰を落ち着けた。あとは水を受ける容器でもあれば万全だ。


「リスラ、木桶か何かないかな?」


「聞いてきます」


 リスラが馬車が離れていく足音が聞こえる。

 ああ、何もリスラに行かせなくとも、相棒の中に『収納』されている可能性もあったのか……。考えが足りなかった。


「相棒、洗面器になりそうなもの、ない?」


「……ギィィィ」


「どうした相棒、お前拙いけど喋れるんじゃなかったのか?」


「ギィィィ」


 相棒はどういう訳か、言葉を発しようとはしない。俺はあの時は確かに聞いたというのに。

 いや、それだけじゃないな。『収納』されている物を探し出してくる気配もない。

 

「相棒、お前、大丈夫なのか? 何かあったのか?」


 相棒は俺の生命線だ。

 ある意味でミラさんやリスラと同等か、それ以上とも評価できる。もし、こいつに何かあった場合、俺はどうしたら良いのか?

 リスラからミラさんの詳しい容態はまだ聞いていない。ただ、無事であるということだけ。

 耳を澄ませば穏やかな寝息が聞こえてくるが、それだけで安心できるものでもない。

 ミラさんの容態が急変した場合は、俺は再び相棒に頼るしか方法がないのだ。

 その相棒に何か異変が起きているとしたら、俺は……。



「おう! 目、覚めたのか?」


「勇者様、馬の水やりの木桶をお持ちしました」


「お二人とももう少し声を抑えてください。まだお姉ちゃんが眠っているのです」


 近付いてくる足音から、複数人であることはわかっていた。

 声から判断するにライアンとキア・マス、それにリスラだ。

 ただなぁ、目を洗うのに馬の水やり用の木桶ってのが厳しい。

 まず水を貯めるのに苦労しそうなのと、清潔なのかが気掛かりだ。

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