第百二十一話
開拓団の後方での戦闘は、魔王と呼ばれる冒険者の介入で早々に決着した。
まさか、生き残りの賊全てを大蛇に喰わせてしまうとは、恐ろしいこともあったものだ。
「これ以上近付くのは危険です。開拓団は私たちの動向にも気を払っているはずです。それに開拓団側面を強襲する賊の騎兵隊もいるのです」
「現在、開拓団の魔術師による壁によってこちらの視線は通りません。
ですが隊長! 賊の主力である騎兵隊に開拓団がどう対応するのか、確認しておく必要はありませんか?」
本当に確認する必要性があるのか?
開拓団に接触するにあたり、戦力把握は必要であると私は確かに言った。
しかし、あれだけの圧倒的な戦果を目の当たりにして、引き続き必要などと主張するつもりはないし、必要だとも思えない。
予定外に増員されたこの隊ですら、勝てる見込みは既にないのだから。
「隊長、俺もリグダールの意見には一理あるかと。
帝都で見たあの赤い光のことはまだ判明していません。それだけでも確認しておくべきではありませんか?」
上官に対し意見するにも、全く遠慮というものがない。
私は隊の規律を甘くしすぎたのかもしれないな。
「フェルニル殿。報告書にも記されておったが赤い光とは一体何か?」
「詳細は皆目不明な代物ですよ。
古代遺跡から発掘された兵器群であるのか、超長距離射程の魔術であるのか、それともあの魔王と呼ばれる冒険者の仕業であるのか。
そのどれを引き合いに出そうとも、私には想像すらつきません。実際に目撃したというアラン副隊長とリグダールにしか、理解できるものではないでしょう」
「開拓団にはオニング公国のホーギュエル伯爵家当主の姿もあるのだろう? 超長距離射程の魔術であるという見方が妥当ではないか?」
「その全てに於いて憶測の域を出ていません。勝手な思い込みは、足元を掬われる原因となりましょう」
私としては職務を放棄して、故郷に逃げ帰りたい気分だ。
しかしラウド将軍からの手紙に依れば、故郷の方もそれどころではない状況にあるらしい。第三騎士団団長殿のご実家に、私の母も避難しているという話だからな。
それに非常に嫌な予感がするのだ。
これ以上開拓団と距離を詰めるのはマズい、そんな予感がある。
何か策を考えなければ、赤い光に興味を示す者たちを納得させるだけの何かを。
「壁の内側に回り込むのは反対ですが、あの小高い丘の上であれば多少見通しも良くなるのではないでしょうか?」
「ふむ、それが妥当であろうな」
団長殿に貸与した遠見筒なら十分に見渡すことも可能だろう。
但し、リグダールのスキル『遠見』だけでは夜目が利かない分やや不利となる可能性はある。
それでも指揮権を擁する私には隊の安全を図る責務もある。あくまでも偵察に過ぎぬ行動で、被害を出すわけにはいかない。
◇
「捉えたぞ、フェルニル殿。
あれが撲殺ヒーローアグニか? それと女と子供が魔物を相手にしておるようだ。魔王とやらは待機中であるようだが、何か妙な光が浮いている」
「賊共は魔物に隊列の横腹を食い破られたようです。あれは――アサシネイト・バブーン!?」
アサシネイト・バブーンといえば、山岳地帯の森林部に棲むという凶悪な魔物ではないか! そんなもの、どこから現れた?
「賊の主力は完全に瓦解しています。隊を維持できていません。逃走するものも出ているようですが、逃げ切れていませんよ。
隊長の指示通り、この丘に伏せたのは正解でしたね」
周囲よりもやや高いこの丘は、開拓団の馬車列を挟んで賊の主力とは反対側に位置する。
凶悪な魔物が出現したとはいえ、開拓団そのものが私たちの防壁となるのだから、比較的安全ではある。
「――隊長、あれを!」
アランの悲鳴にも似た叫びに反応する間もなく、私もその赤い光の奔流に目が釘付けとなった。
血のように赤い閃光で照らされ、賊共と魔物の姿が露わになる。
そして赤い光の奔流は賊と魔物を区別することなく、ただ一方的に呑み込んでいった。
呆然と眺めていたにも関わらず、気が付けば赤い光の奔流は消え去っていた。
「ふふふはははははは……」
「ミレイユ!」
唐突に、団長殿が気でも触れたのかと思えるほど不気味な笑い声を挙げた。
補佐官殿が窘めようとも、その声は届いてはいないようだ。
「フェルニル殿、あの光は魔王の仕業よ。……私は、私は震えが止まらない。
あのような者に敵対するなど阿呆極まりない、な!」
「私も少しですが、確認できました。光の根源は魔王であるようです」
団長殿の言葉のみでは信憑性は薄かったが、リグダールの証言も得られた。
そうであるならば、やはり魔王によって為されたことであるのだろう。
しかし、団長殿の発言には多少問題がある。
開拓団が、魔王と呼ばれる冒険者が、賊を扇動した者に辿り着けばどうだろうか?
間違いなく団長殿は開拓団に敵対したと見做されるだろう。そして当然のことながら、警戒されるだけに留まらないのは明らかだ。
賊を扇動したのは第三騎士団団長殿の独断専行に因るものである。
従って、私と私の隊の隊員が無関係であることは言うまでもない。
それは開拓団との交戦に対し、否と上申したことも含めれば猶更のこと。
開拓団に接触後にその点を言及された場合、私は全てを詳らかにする用意がある。
母の避難先である領主の息女たる団長殿には、多少申し訳なく思う気持ちはあるが、独断専行の責を負うべきは第三騎士団団長たる彼女なのだ。
運の悪いことに、その彼女たちも現在は私の指揮下に置かれている。
彼女の独断専行であると告げたところで、どこまで信用してもらえるかもわからない。下手をすれば、私の首も物理的に飛びかねない。
もしも……そうなるのであれば、私の首と引き換えにアランとリグダールの助命を乞うだけのことだ。
覚悟はしておくべき、だろうな。




