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第百十九話

 猫の手の触手が糸巻きの軸の如く、結界を形成していた他の触手をクルクルと巻き取り始めた。巻き取られた触手は端から光の粒に変わると、大気中に溶けてゆく。

 また、それと同時進行で地面に複数の光の筋が浮び上がり始めた。


 光の筋は、猫の手の触手を基点として徐々に大きな同心円を描き出していく。

 大きさの異なる同心円状の円と円の間にも、幾つもの複雑な魔法円や幾何学な紋様が描かき出されている。

 その光景を眺めているだけの立場であれば、神秘的で美しいと感じるのだろう。

 だが、俺に感動している暇などない。

 俺の少ない魔力の大半が胴体から足を伝って、地面に流れ出しているからだ!


「……容赦ねえな、相棒」


 野盗の襲撃に見舞われた直後に造血剤を服用してはいるが、時間の経過からか賄いきれていない。

 立ち上がることは疾うに諦めた。今は両膝を地面につけ、耐え忍んでいる状態にある。



「なぜ、俺の魔力まで抜かレル?」


「超特大の儀式級魔法陣だからな、魔王の魔力だけでは圧倒的に不足するんだろ。

 ほら、あれを見ろ! 触手も自身を贄に、魔力を精製している。

 それでも足りないから、俺たちに求めたというところだろうな。

 俺やアンタが残された理由は、魔力の質が魔王に似ているからだろうぜ。

 いいぞ、俺の魔力はガンガン持っていけ! その代わり、お前の主やこのドワーフには手加減してやってくれよ」


 ライアンが考察は実に有難い。たぶん、その言葉の通りなのだろう。

 だから、巻き込んでしまったロギンさんには非常に申し訳なく思う。逆に、ライアンは半分以上が身内なので頑張ってもらいたい。



 遂に俺は膝立ちすら不可能な状態に陥る。

 尻を突き出し芋虫のような姿勢で、首から上が辛うじて動く程度でしかない。

 それでも今なお、意識を保てていることを重視したい。

 俺が意識を消失した場合、相棒が創り出している魔法陣がどうなるのか不明だからだ。

 何としても気絶だけは避けたい。避けなくてはならない、気合を入れろ!


「ライアン、済まないが造血剤を飲ませてくれ」


「あぁ、ほらよ。アンタも飲んどけ」


 ライアンは俺とロギンさんに造血剤を与えた。

 俺はほぼ身動きが取れず、飲み込むまでに手間が掛かった。

 ロギンさんは問題なく、自力で飲んでいるようだ。



「ところで、何が起こっているんだ?」


「わからない。ミラさんを助けてくれとお願いしたんだけど」


「オイ、動きが変わったゾ!」


 完全に自立している猫の手の触手は、地に落ちた全ての触手を魔力へと変換し終えたらしい。最後に残っているのは、猫の手の触手のみだ。

 それ以外には、ライアンが儀式級と呼んだ巨大な魔法陣に変化が訪れた。

 

 地面に描かれた巨大な魔法陣が変形を始めたのだ。

 俺の視点だと地面が近いから分かり易い。

 先程まで平面であった様々な大きさの同心円で構成された魔法陣は、その外縁部から少しずつ宙へと浮かび上がり始める。

 その大きささえ無視すれば、朱塗りの盃にも見えなくはない。



「――ライアン! 何が起きているんです?」


 師匠の声だ。

 俺には見えないが、離れた場所から掛けられた声だと思う。


「魔王本人も理解してねえからな、俺にはさっぱりだ!」


 師匠からの問い掛けに、ライアンはそのように返答した。

 俺自身も理解の範疇にないのは事実なので、ライアンが正解に辿り着けるとも考えにくい。

 但し、相棒はミラさんを救おうとしてくれているのは間違いはない。

 その点、俺は相棒を絶対的に信頼している。

 

「どうもこの儀式級魔法陣内部では、俺たち以外に身動きが許されていないらしいな。兄さんたちは何度も弾かれいる。

 しっかし、大きさもそうだが立体の魔法陣なんて、俺も初めて見るからな。

 何が起こっているか、わかる訳がねえよ!」



 少し前まで盃に似た形状だった魔法陣に、またも変化の兆候が表れた。

 今度は盃からお椀型、半球状へと変形してゆく。

 俺の視点は先程とは逆に、近過ぎてよく見えていない部分が多い。ライアンとロギンさんの意見で、概ねそのような形状であるらしいのだ。

 そんな俺でも何とか見えている部分の変化は、平面の魔法陣であった時とは明確に異なる色彩の光を放ち始めているということだ。


「虹色に光ってイル」


 そう、ロギンさん言葉通り、虹色と表現するしかない。

 しかも俺の視点では赤、橙、ピンクなどの暖色系のグラデーションになっている。見る者の方向によって、その色が変化するとライアンは言うがそのような色彩かは不明だ。


 やがて巨大なお椀型の魔法陣は、完全な球体へと変形した。これが完成形か?

 俺たちの取り込んだまま、発光し自転しているようにも見える巨大な球体。

 ライアンは儀式級魔法陣と断ずるが、その正体は未だ不明のままだ。


 その儀式級魔法陣の中心には、猫の手の触手が陣取っている。

 中心から少し離れた位置にミラさんが寝かされたまま。

 魔力の供給源である俺たち三人の姿もその傍にある。



「ニィ」


「なんだ? 相――ぐうぅぅ!」


 猫の手の触手から発せられた声に応答しようしたところ、不意打ちに見舞われる。

 造血剤の追加投入で、なんとか持ち直していた魔力の流出量が急激に増大したのだ!


「これ以上はヤバいナ」


「これで最後だと思いたいな。耐えるしかねえ!」


 俺は顎を地面に着けて顔は正面を向いたまま。

 首すらもまともに動かせる状態になく、歯を食いしばって耐えるにしても顎に力が入っていかない。

 聴こえてくる呻き声が二人の健在を知らせくれているけれど、二人も相応に疲弊していることは間違いない。


 そして今度は魔法陣にではなく、相棒に変化が起きた。

 猫の手の触手である相棒も最期の踏ん張りを見せ、眩い光が魔法陣内部を白く塗り潰していく。

 それはもうトンデモナイ光量だ。あまりの眩しさに俺は急ぎ目を閉じたが、瞼など存在しないかのように眩しいまま。容赦なく瞼を透過して、目に沁み込んでくる!

 光に目が侵される痛みに絶叫をあげたいが、そんな余裕すら俺にはもう存在しない。ただ、ただ耐えるしかない。 


 俺は魔力を持っていかれ血の足りない気怠さを、至近から目を焼かれる痛みで振り払うことが出来ているだけだ。

 今は何とかギリギリ意識を繋ぎ留めているが、それほど長くは保てないだろう。

 

 相棒、急げよ。俺の意識がある内に、早くミラさんを!

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